茶色の文字で書いてある部分は、相当に細かい仕事の話なので、ふつうの読者の方は読み飛ばしてください。
最近は日曜日は月曜の「量子力学 1」の講義の準備をするのが慣例。 初学者に量子力学を教えるという行為には、「世界の秘密について語る」ときのみに感じられる本能的な異様な快感がある。 というわけで準備は苦にならないのだけど、本を書いたりとか、本来は日曜にやるべき(?)いろいろなことが進まないのは困る。 今夜は少しだけ本の仕事をしていて、ちょっとだけ心の余裕が出たのでこれを書いているのだ。
もっと早く講義の準備をしておけばいいのだろうけど、 なんか知らないけど、最近は土曜日にもいろいろとある。
昨日はオープンキャンパスで、その前の土曜は久保シンポジウム。その前はよく覚えていないけど海外帰国生徒の入試とかもあった気がする。 で、来週はお茶大で堺さんのセミナー。 2 次元のかっこいい話のど真ん中で、SLE (stochastic Loewner evolution) と CFT (conformal filed thoery) の関連。面白そう。たぶん、出席すると思います。 ご興味のある方は是非どうぞ。
少し前に検索していて、
Hip-Hop Physicsというのをみつけた。
Electrons dance to a quantum beat in the Hubbard model of solid-state physics
Brian Hayes
(American Scientist, November-December 2009, Vol. 97, p. 438)
American Scientist は、かなり一般向けの本格的な科学雑誌。 Brian Hayes さんは、(紹介を見たところ)科学ライターらしいのだけれど、これはハバード模型についてかなりしっかりした解説だ。 イジング模型から説き起こして、ハバード模型のなんたるかをなるべくわかりやすく解説し、その意義と難しさを述べ、さらに、いくつかの重要な結果を紹介している。 さらに素敵なことに、イジング模型やハバード模型は、物理現象の本質を理解するために、物理系の本質的な難しさを抽出して作った理想モデルだという位置づけが明確に述べられている。 とくに最後のほうで、「どのパラメターならどういう現象が得られるか」を(数値計算や冷却原子系の「逆シミュレーション」で)知ることができたとしても、そこに「理解」が伴わなければ不十分だということをはっきり述べているのは素晴らしい! これは当然過ぎるほどに当然のことなのだが、物理の世界では、そういうことを明確に述べる人がどんどん少なくなっているのである(その理由は自明。ほとんどの人が「理解する」ことを放棄して、単に答を知るためだけの研究をしているからだ)。
是非、pdf 版を印刷してお読み下さい。
個人的にうれしいのは、印刷された人なら 4 枚目の(web 版では 5 ページの)"The Electron Do-Si-Do" という節(ちなみに、Do-Si-Do というのは、ダンスで二人の踊り手が位置を交代してまた元に戻る動作のことらしい)で、ぼくの仕事が(ちょろっとだけど)しっかりと名前入りで紹介されていることだ。
この手のものは(なにせ、American Scientist という雑誌名なわけだし)ついアメリカやヨーロッパの仕事ばかりを紹介する傾向が多いのだけれど、ここでは、ぼくが日本に戻ってから一人で一生懸命にやった仕事をしっかりと取り上げてくれた。 ありがたいことだし、こういう公正さはうれしい(Mielke がないのが不公平だという意見もあるかも。たしかに flat-band という文脈なら、かれの名前をこそあげるべきだが、ここは「隣接以外へのホッピングを加えることで強磁性を安定に出す」ことを述べているので、この紹介の仕方で正しいだろう。flat-band は理論的にはきわめて面白いし意義は深いけれど、結果だけを取り出してみると、やはり特殊で弱いと考えている)。 それに、最近は田崎というと「教科書を書いている人」というイメージが強くなってきて、なんか、研究よりも本を書くことに一生懸命な人だという(誤った!)印象が生まれつつあるかもしれない。 少なくとも、これくらいの本書く的な、じゃない、本格的な研究もしている(ま、紹介された研究については「していた」だけど・・)ということもさりげなく(?)主張しておこうではないか。
台風が日本列島の脇を通過して行った。
数理物理・物性基礎セミナー(第5回)
日時:2010年10月30日(土)13:30〜16:30
場所: お茶の水女子大学 理学部1号館2階 201室
堺 和光「確率的 Loewner 発展と共形場理論」
そいういわけなので、セミナーに向かうぼくが背負っていた小さなリュックの中身には、ノートも筆記用具などの学問的なものは何もなく、
(1) 濡れたら拭くためのタオル
(2) 履き替えるための靴下
(3) さらに靴が濡れた場合にはセミナーのあいだ履いているようのつっかけ
という「惨めにならないためのの三点セット」が入っていたわけだが、それに気づいた人は一人もいなかったであろう。
(幸い、それほど濡れなかったので、どれも使わなかった。)
堺さんのセミナーは最初すごく丁寧だったが、途中から急加速。 ある意味で、「SLE とその威力について耳学問でかなり知っている人」に最良のセミナーだったかもしれない。 そういう意味では、ぼくはちょうどいい聴き手だった。 とくに、SLE のパラメター κ と CFT の central charge c をどう関係づけるかのロジックは腑に落ちた(計算は知らないが)。
8 月の東京物理サークルの合宿での藤井さんの講義のスピンオフ企画として(←初めてスピンオフという言葉をつかったぞ。こうやって使うんだよね?)、東京物理サークルのメンバーを中心とした産業技術総合研究所の計量標準の部門への見学ツアーがあった。 ぼくも高校の先生方に混じってのこのことでかけていったのだ。
それにしても、藤井さんというのは、何をされてもそつなく見事かつ上品にこなす方なのだと改めて実感。 今回の見学会も一日で計量標準の基礎から応用に近いところまでを目の当たりにみるという、素晴らしく充実したものになった。 藤井さんたちがアヴォガドロ定数を決めるために用いた 1 キログラムのシリコンの真球も、この目でみることができて、大いに満足。 また、個人的には、かつてのクラスメートの大苗と実に卒業以来に再会できたのは予想しなかった喜びだ。 お互いおっさんになってしまったが、一目で分かって、二人とも満面の笑顔になった。 研究室を見学に行ったとき、光コムの素晴らしい研究の現状について、大苗が誇らしげに楽しそうに説明するのを聞けと本当にうれしかった。
ここで終わってもいいけど、「雑感」らしさを出すためにも、少し勝手なことを書いておこう。 光コムは恐るべき測定技術で、これを使えば二つのレーザーの周波数の相対的な差をすさまじい精度で(10 のマイナス 9 乗って言ってたかな?)決定できる。 これは、現在の周波数標準の安定化レーザー(というのだったと思う)の周波数の安定性を何桁も凌駕しているのだという。 そんなに精度があるなら、もう、光コム主導で、周波数測定の精度を何桁も上げてしまえばいいんじゃないのだろうか? 単独のレーザーの周波数にどうしてもゆらぎがあるなら、それでもいいではないか。 同じレーザーを100台用意して全ての周波数を平均してやれば、ゆらぎは 10 分の 1 になるじゃないか。 たった 10000 台で 100 分の 1 だ。 それでも、光コムなら余裕で測定できるんだから、周波数の測定精度が 2 桁あがるぞ! いや、まあ、それが無茶な話だっていうのは確かだろうけど、ぼくは、無茶な人なので、ああいうすごい物に接すると、つい、こういう無節操なことを考えてしまうのである。