茶色の文字で書いてある部分は、相当に細かい仕事の話なので、ふつうの読者の方は読み飛ばしてください。
またしても、ずっと日記を書かない日々が続いてしまった。
やっぱ、Twitter やってると
ってのは、もういいや。
イントロで歴史をやるのは面白くない(もっと量子力学を知ってからやった方が楽しい)と信じている。 やっぱり、最初はファインマン先生を踏襲して、ダブルスリットの実験から。 新しい力学が絶対に必要だということを示す実験事実(←ファインマンは思考実験と書いているが、今や、外村さんの実験がある!)をガツンと。 学部の頃、このファインマンによる量子力学へのイントロが如何に説得力があるかを原が力説していたのを思い出すのお(ぼくは、当時、ディラクの量子力学を推していた)。 そのあとは、干渉をきちんと扱うためにちょっと地味だけど古典的な波動方程式をしっかりと取り上げるかな(こういうところは、ファインマンより教育的なのである)。
Raphael には 90 分の講演を二つ(一つは入門編で、もう一つは最近の話し)お願いしたのだが、上手にまとめてくれたと思う。 前半の熱伝導系のまとめは数学的側面に限ってはいたが、教育的で、ぼくとしてもいくつか学ぶところがあった。 後半の aerogel のモデルは、いささか迫力に欠ける気はするが、熱伝導というターゲットの重さを考えると、ここらへんをしっかりとやることにも意味があるだろう。 熱伝導率の変態な温度依存性(これは封筒の裏の計算で出せる)はそれだけでも愉しい。 こういうのは実験家は知っているのか(知っていてもまったく驚かない)、気になるところ。
実に面白いことに、ぼくらが SST がらみで考えていた理想気体の熱伝導の問題を Raphael らも違う設定で徹底的に研究していた。 renewal process という確率論の道具を上手に使っているので、ぼくらにできなかったことができる可能性がある。 これは議論継続だ。
Raphael はやたらと暑い一週間を東京で過ごし、帰国。
桂さんと川畑さんとの年齢差は実に四十以上。和解! じゃなくて、若い!! かの有名な田崎晴明が学習院に着任したのと同じ年齢という圧倒的な若さであるのである。(いいなあ。)
生命科学科設立、新棟建設などに伴う理学部の変革の最後として、理論物理のグループが南4号館に移るのである。 数学科もこの機会にすべての研究室が南4号館に入ることになるので、数学に近いわれわれとしては、うれしい移動ではある。 また、建物の中はすべて改装してもらえるので、かなりこぎれいになる。 とはいっても、別に必然性もないのに引っ越すのは面倒の極み。 夏休みの貴重な時間を荷造りと、ゴミ捨てに費やした。
しかし、考えてみると、長年のあいだにどうしようもないゴミが大量にたまっているので、引っ越しはいらないものを処分するちょうどよい機会である。 そう思って、大量の本と、書類と、その他のガラクタを捨てた。 捨てたのだが、まだまだ、大量の本と書類と、少々のガラクタがある。どうしたものか。また捨てるか?
引っ越しのためにゴミを捨てて荷造りして片付けると、以前の居室もこぎれいになった。 なんだ、なかなかいい部屋ではないか --- と見直す。 定形外に広いし、職人さんが作った作り付けの木製の書棚がついているし。 実に、この居室でちょうど 22 年間を過ごしたことになる。 驚くべき年月だが、着任したときには生まれていなかった下の子が既に成人しているのだから、当然のことではある。 それに、その年月に見合ういろいろな仕事をしたというのも、それほどウソではなかろう。
書棚の本は引っ越し業者がすべて箱に詰めて運び、また新しい部屋でも書棚にいれてくれるので、たいへん助かる。 隣の建物への引っ越しとはいえ、ぼく一人で、90 箱ほどの段ボールと机やソファやパソコン類がある。 しかし、実験室の引っ越しなどもこなしている業者の手にかかれば、軽いもののようだ。 新しい部屋への引っ越しはあっという間にすんだ(もちろん多くの段ボールが未開封)。
この新しい居室で、定年までの、残り 19 年半を過ごすことになる。がんばりましょう。
Bodineau 氏は、3 次元以上のイジング模型の低温相では並進不変な純粋な平衡状態が二つしかないことを証明した人である。 これは、前の世代の最高に優秀な研究者たちが誰も証明できなかった、きわめて深く重要で困難な定理なのだ。 かれの証明は、いわゆる「思いつきの一発芸」とは正反対の、この難問に真っ向から挑んだ素晴らしい「力業」の勝利というべきものだ。 論文を通じて仕事に接するだけでも科学者としての実力と強さを感じて尊敬できるような立派な仕事である(偉そうにいっているが、これについては、ずっと前に杉峰さんに詳しいレクチャーをしてもらったのだ(2006/2/6))。 このようなずっと後まで記憶されるべき重要な業績を挙げた Bodineau 氏は、未だ三十代後半の若手研究者。(いいなあ。) 今では非平衡系を主要テーマにしてバリバリと研究を進めている。
Thierry Bodineau が、その圧倒的な業績と高い評価にもかかわらず、とても謙虚な飾らない人だという話は前から聞いていた。 実際に会ってみると、本当にその通り。 講演直前に入っていったので、かれは既に教室の前で話す準備をしていたのだが、ぼくが佐々さん(←佐々さんは既にパリで Thierry に会っている)の隣に座ったのを見て、これが田崎だろうと気づいたらしく、わざわざ挨拶に来てくれた。 人なつこい目をした柔らかく素直な物腰の好青年だ。
Thierry の講演は kinetically constrained model の簡単なバージョンにおける activity(更新の回数)の large deviation に見られる「相転移」の解析。 狭義の「物理現象」としての意味は(少なくとも現時点では)薄いと思うが、数理的現象としては面白い。 講演は明晰すぎるほど明晰。クリアーすぎて問題の難しさを看過してしまう危険があるくらい(後で議論してみて、余計そう思った)。
研究会に来ていたハンガリーの Balin Toth さんには昔お世話になったので、休憩時間につかまえて、挨拶した。 とても懐かしがってくださったので思い切って声をかけてよかった。
その後、早めの昼食をとってから 16 号館に移動して、原さん(←途中で抜けて九州に戻った)、佐々さん(←途中、会議、および、中川さんとの議論で抜けた)、中川さん(←途中、佐々さんとの議論で抜けた)、O 君、N 君(以上、年齢順)らとともに Thierry を囲んで議論。 基本的には、佐々さんが N 君とやっている large devation の話をし、ぼくが SST の現状を話し、それに対して、Thierry が質問したり、関連すると思われる話をするという構成。 また、O 君が質問したのを機会に kinetically constrained model の仕事の詳細や背景についても学んだ。 Thierry は終始、熱心に話を聞き、自分が話すときには丁寧に板書してしっかりと説明してくれた。 素晴らしい。確かに誰もが Thierry をほめるのがよく分かる。
長い議論のあとは恵比寿に移動して夕食。 Thierry は美味しい料理やワインを愛する人だから美味しい日本食を食べさせてあげると喜ぶよと Raphael に聞いていたが、実際、すごく喜んでもらえた。楽しい(美味しい)夕食になった。
夕食が終わっても時間があったので、Thierry を誘って N 君と三人で東京都庁の展望台へ。 ここに行くことは、昼間に原がすすめてくれたのだ。 東京在住の N 君もぼくも、都庁の方向が分からず地図を何度も確認したのだが、ともかく、ちゃんと到着。 夜の 11 時まで空いていて、しかも無料なんだね。びっくり。 ぼくは高いところから下界を見るのが大好きなので素直にうれしかった。なんだかんだ言っても、東京の夜景は美しい。好きだ。 Thierry も大変喜んでくれて、東京のほうがニューヨークよりもすごいと言っていた(ぼくは、やっぱりニューヨークの迫力は一段階上だと思うんだけど)。
というわけで、わずか一日ではあるが、Thierry と出会って、議論し、学問的なことも非学問的なこともたくさん話し、かなり知り合うことができた。 もちろん、理論物理も数学もきわめて客観的な営みだが、こうやって生身の研究者と出会って人として知り合うのはいつも不思議な喜びがある。 パリに来ることがあれば是非ともまた議論しようという感じで大いに盛り上がった。 うれしいことである。
ところで、都庁の展望台の中を歩いているとき、土産物コーナーに置いてあったモンチッチに Thierry が関心を示していた。 そんなのが好きになったのかと聞くと、別にそうではないが、これは日本製の人形なのだろうかと聞かれた。 かれが子供の頃に同じ人形がフランスにあり、「キキ」と呼ばれていたというのだ。 実際、家に帰ってからウィキペディアで調べてみると確かにモンチッチは日本製で、フランスではキキと呼ばれていたとちゃんと書いてあった(フランス語版のウィキペディアにも載っていた!)。 しっかし、まあ、この人間と猿が混ざったような姿は「グロ注意」レベルという気もするのだが、世界的に好評を博しているらしいので、世の中よくわからないものである。 さらに、Thierry の小さいお嬢さんはハローキティーが大好きらしいし、フランスの子供たちの間では爆丸(バクガン)(←さすがに知らなかった。ていうか、うちの息子とかも知らなかった)が大人気らしい。 日本文化おそるべし。 (記憶が新しいせいもあって、14 日の話だけ長くなったね。)
うわ。9 月も今日でおわってしまう。 それに深い意味がないとわかっていても、やっぱり焦る。
何も書いていないけど元気です。元気ですけど忙しいです。忙しいですけど楽しいです。
何を書こうかと考えながら、MacBook Air のディスプレイの前で軽く咳をしたら、微小な水滴が飛んで画面についたのだが、それが絶妙のレンズ効果で、ちょうどピリオドと同じサイズの黒点を、しかも、ちょうどピリオドが来るべき位置に作り出してしまった。 一瞬、本当にピリオドが入っていると信じてデリートしようとした。 もちろん消えないのでちょっと不思議に焦ってしまった。
なあんだ、ヴァーチュアルのピリオドじゃないか --- と思ってよく考えると、画面の上に作られた水滴こそがリアルなのである(←気の利いたことを書いたつもりだったが、後から見るとまあまあだね。 同じ趣旨ならこっち(2004/7/27)のほうが面白いかも)。
というわけで、咳をしたおかげで書くことができた。ではまた来月。