日々の雑感的なもの ― 田崎晴明

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茶色の文字で書いてある部分は、相当に細かい仕事の話なので、ふつうの読者の方は読み飛ばしてください。


2013/2/1(金)

「他人の書いた原稿やプロットを読んでコメントしたり必要に応じて容赦なくリライトしたりするだけの簡単とは限らないお仕事」がなんでこんなにたくさんあるのだろう。まあ、今までためていたからなので、端から次々と片付ける。難関だと思っていた一つがそうでもなかったので、うれしい。 名前が出るのは一つだけだから、まったくもって陰で働くおじさんである。


「なんで俺が?」と思うような、いわゆる「エラいセンセイ」がやりそうな内緒のお仕事の依頼が立て続けに二つも来る(←わからない書き方でごめんなさい。たぶん、一年もすれば本人にもわからなくなるのでお許しを)。 一つは謹んでお引き受けし、もう一つは謹んでお断りしたわけだが、こういうのは当惑する。 物理学界では、Hal 田崎っていうのは、業績もそこそこあるし頭の回転も速いが、どこにでもいい加減な服装でやってくるし、物理の議論になると「偉い年長の先生」だろうがまったく気にせず言いたいことを言う失礼千万な奴で、まあ、支持してくれる人もいるけれど、嫌っている人からはすごくイヤがられている困った奴 --- という位置づけじゃなかったのか?  もっと「困った」ところをアピールしていかなきゃね。

と書いてたら、前の二つほど重くはないけど似たようなのがまた来たぞ。 しかも、こっちは就任依頼をすっ飛ばして日程調整のメールではないか。 ただのミスなのか、失礼な組織なのか、意味不明である(注:「困った奴」でも、こういうときに事務の人にむかってキレたりはしないです)


で、今日、書きたかったことはここから先。ぼくの日記っぽくないんだけど。
買ったばかりのビッグイシュー(←既にバックナンバーになっている。1月15日号、工藤夕貴が表紙のやつ(販売員に頼めば売ってもらえると思う))にあった「『盲ろう者』二重障害の世界」という特集には、なんかうまい言葉がないけれど、すごい衝撃を受けて一気に読んでしまった。

視覚と聴覚の両方が(様々なレベルで)不自由な人を「盲ろう者」という。 そういう人たちがいるということは知っていたが、具体的な話となると、恥ずかしながら、ヘレンケラーと、あとはつい最近朝日新聞の記事で読んだ大学生のことくらいしか知らなかった。この特集記事によれば日本に盲ろう者は 2 万人以上いるらしい。

ビッグイシューの記事は、上段に構えて提案や提言をしようとかいう雰囲気ではなく、丁寧な取材にもとづいて盲ろう者の実際の姿を描いてくれる。 光からも音からも情報を得られない人たちが、生き生きとコミュニケーションしたり和太鼓の演奏を楽しんだり大学で学んだり海外留学したりする様子を読むと、もう、ひたすら感心するしかない(もちろん、記事に登場するのは 2 万人のうちのほんの一部に過ぎず、多くの人の暮らしぶりがこれでわかるわけではないんだけど)。

さらに、時代はヘレンケラーの頃とは違うわけで、盲ろう者がインターネットを利用するための仕組みもどんどん作られているという。 「科学の進歩が人間の幸せにつながるとは言えない」というのはその通りなんだろうけど、今まではテレビからもラジオからも情報を得られなかった人が、インターネットやコンピューターを解して、いろいろな人と接し、情報を得られるようになるっていうのは文句なく素晴らしいことだとぼくは思うなあ。 プログラミングやハードウエア作りの腕に覚えがある人たちが、盲ろう者支援のための仕組みをいろいろと開発してくれたらいいなと思う。 あるいは、音楽家だったら、体に感じるリズムだけで楽しめるような音楽を作曲するなんていう動きもあるんだろうなあ。 ぼくには? ぼくには、今は、何もできない。それはそれで仕方がないことだろう。ま、一気に盲ろう者と言わず、自分にできる範囲のことで多少の意味のあることから少しずつと思っている。

というわけで、物理学者らしい見解とか、田崎晴明ならではの感想なんかを述べる余裕はまったくなく、ただ、こういう記事があったことを紹介し、ごく凡庸な感想を書いてみました。


ところで、たぶんご存知だと思うけれど、ビッグイシュー(公式ページ)というのは、ホームレスの人たちが販売員になって駅前なんかで売っている雑誌です。書店には置いてないんだと思う。ぼくは目白駅前でたまに買っている。

目白駅で最初に販売員をしていたおじさんは、本当に生真面目そうな人で、いつも素晴らしくきれいな姿勢でしっかりと立ってビッグイシューを売っていた。 そして、ぼくらが買うと、ものすごく丁寧に「ありがとうございました」と頭を下げるので、こちらまで身が引き締まるようなさわやかな気持ちになった。

そのうち目白駅前の販売員が変わって、前のおじさんとはかなり違うタイプの、気さくそうで、人間味のあるタイプのお兄さんがビッグイシューを売るようになった。

で、かれはただ雑誌を売っているだけじゃなくて、「ハタ坊の独り言」という「連載」もやっている。 A4 とか B5 の紙に手書きしたものをコピーして、雑誌の最後のページにはさんで配っているのだ。 「独り言」には、かれの生い立ちや昔の想い出、そして、ホームレスの人たちの仕事や生活のことなどが綴られているんだけど、なんというか、これがなかなか味があって読ませるのだなあ。 お正月から若い女の子たちに混ざって徹夜で福袋の並びの仕事をする話とか、勧誘されて木更津の飯場に働きに行ったけれどすぐに仕事がなくなって二週間かけて澁谷まで歩いて帰った話とか、年末の炊き出し「猪木ラーメン」の話とか、いろいろと印象に残っている。 最近は、ビッグイシューを買ってきても、雑誌そのものよりも前に「ハタ坊の独り言」のほうを読んでしまうくらいなのだ。

というわけで、これを読んでいらっしゃるみなさんが、たまたま目白駅前を通って、たまたまハタさん(というお名前なんだと思う)と目があって、たまたま気が向いたら、かれからビッグイシューを買ってみてはいかがでしょう? 300 円です。


2013/2/28(木)

あ〜、さて、さて。

2 月は 1 日から日記を書いたから優秀。また、ちょっと一息ついたら、日記を書こう --- と思って過ごしているうちに、一息つく間もなく、すでに月末ではないか。 何時にアップするのかは知らないが、少なくとも今はちゃんと 2 月 28 日の夜なのである。


ついつい、ふり返ってみると、今月も相当にあわただしい月だった。

月の初めに両親の誕生日を祝ったあと、家族が立て続けに風邪に倒れ、ついには、最近は風邪を引かなくなったはずのぼくまでもが倒れたのだった。 熱は出なかったが、二日間、ほとんど固形物を食べずにひたすら寝て過ごした。こんなことは久しぶり。 されど、そこから根性で回復し、(食事はあいかわらず、パンやウィダーインゼリーだったけど)大学教員の神聖な義務である入試業務にもちゃんと携わることができた(受験生のみなさま:受験生の近くに行く業務をする際には、熱もなく、クシャミも咳もまったく出ない状態であることを確認し、それでも念のためにマスクを携行し、万が一でも風邪をうつすことのないよう万全を尽くしておりました。ご安心ください)

その後の山場は、卒業研究と修士論文の発表会か。 今年は、ぼくが担当した S 君は、早々に発表をまとめ人の意見を聞いて何度も書き直して完成度を上げさらに何度も何度も練習してプレゼンを磨く --- ということを、ぼくがまったく指示しなくても完璧にやってくれたので、本当に楽であった。 テーマがテーマ(くりこみ群による phi^4 場の量子論の構成)だから、オリジナルな結果を出すのは苦しかったのだが、それでも最後に出てきた結果は、ぼくらの周囲では誰も知らないものだった。物理的な意味は不明だが、そういうところまでガンガン踏み込んでいったのは素晴らしいことだった。

ぼくらが主催する国際会議 Mathematical Statistical Physics の準備もいよいよ本格化してきて、銀行口座を開設したり、世話人や招待講演者と膨大なメールをやりとりしたりの日々である。

あ、そうだ。忙しかったもう一つの原因は、ぼくが計算機センター運営委員長というものをやっていて、それで年度末の人事関係でちょくちょく会議があったからであった。 しかし、この運営委員長の任期もめでたく年度末でおわるのだ。うれしい。

他にも突発的に作らなくてはいけない書類が舞い込んで丸一日以上を使ったりとか、Twitter でやりとりしている内に英語の文章を書く宿題が出て仕上げたりとか(←これは昨日だ)、いろいろあったのお。

と、書いていたら、実は、外部から頼まれたけっこう重要な仕事を完全に忘れていたことに気づいた。ほんと、今まで完璧に忘却していて、今、気づいた。やっぱり、日記を書くのっていいことだよね。忘れていた記憶を掘り起こす格好のチャンスだから。いや、そういう問題じゃない。困った。締め切りいつだったんだろ? けっこう、早かった気がするから、もう過ぎてるかな。書類は大学に置いてあるから(って、山のどこかに埋もれているはずだ。発掘せねば)今夜はどうしようもない。間に合うのかなあ。どきどき。


などという回想は、まあ、よいとして(←最後の忘れていた仕事は、ぜんぜんよくないだろ!)、短い論文を書いたので告知しておこう。
Hal Tasaki
"Polar" and "antiferromagnetic" order in f=1 many-boson systems
去年の 11 月あたりに急にボソン系で遊び始めたのだけど、その第二弾である。

1/6 の日記に、新年に温泉に入っていて、結構いいアイディアがわいたということが書いてあるんだけど、実は、今回の論文はそのアイディアを徹底的に進めたものだ。 あれから色々なことがわかって、温泉での着想よりはずっと進んだし、設定も(ぼくの住み慣れた)格子系じゃなくて、連続空間になっている。

1 月は福島での講演会もあったし、2 月は上述のようにあわただしかったし、その割には、がんばって仕事をしておりますな。 よかった。よかった。

内容は、f = 1 の(ちゃんと相互作用している)ボソン系で、十分に大きな quadratic Zeeman 項があれば、基底状態はポーラー的(0 が優勢)か「反強磁性」的(+ と - が混ざる)になるということ。 まあ、物理的には驚きはないし、平均場ならさらっと出てくる結果なんだけど、こういうことを一切の近似なしに証明しているところが味噌。 この分野では数学的に厳密な仕事は珍しいのだ。 証明は変分原理の応用でものすごく初等的なんだけど、ボース系の物理を上手に使っているので、それなりに気に入っている。

もちろん、こんな短時間でできてしまうということは、まあ「軽いノリ」の仕事ではある。 これを契機に、もっと本質的で、非自明な結果を出したいと思って、いろいろと考えております。待て次号(←いつだろう??)。あ、非平衡の論文もちゃんと書きます。ごめんなさい。

ちなみに、ボース系の仕事の第一弾は 2012/12/27 の日記で触れている桂さんとの共著論文。 f = 1 Bose-Hubbard 模型の基底状態の基本的な性質を証明した、小綺麗な論文なのだけれど、こっちは、なんかやたらあっさりと Phys. Rev. Lett. に掲載が決まってしまった。 さすがに、普通もうちょっと波風がたつと思うので、あっけないくらいなんけど、まあ、レフェリーや編集者との余分なやりとりなしに論文の掲載が決まるのはうれしいことだ。

第一弾のほうは、結果はいささか基礎的に過ぎるし、証明もスタンダードな方法を巧みに適用したという感じだったんだけど、今回の第二弾は、ボース系ならではの「物理」に正面から向かっているし、証明法も(単純とはいえ)この系の特徴を十全に活かしているんだよね。 けっこう好きかも。


こうやって、「働いている」ことをアピールしたところで、ちょっち話題変更。

ぼくは、前々から、Twitter などには深入りしないということをくり返し宣言してきたわけだが、ごめんちゃい、このたび何を血迷ったか、人もすなる Togetter といふものを、ぼくもしてみむとて、作ってしまったなり。 しかも、(というか、それが Twitter への正しい向き合い方だと今でも思っているが)誰の役にも立たない、まったくくだらいない「ネタ系」の「まとめ」なり。コロ助なり。どーみても暇人っぽいですが、そうじゃないんですよ。多忙の日々の合間に、息抜きに、ついつい出来心で作ってしまったのです。

で、記念すべき第一作が『「大きくなったキャラウェイ」との対話』という「まとめ」で、実は、これは個人的にはとても気に入っているのです。 ただし、高橋源一郎の『さようなら、ギャングたち』という小説を愛読している人以外にはまったく意味をなさないので、知らない人は無視してください。あるいは、『さようなら、ギャングたち』を熟読してから見てください。

でも、別に高橋源一郎の読者にとって何か得るところがあるというわけでもない、まあ、個人的な趣味のまとめですね。

「大きくなったキャラウェイ」との対話
で、これで「まとめ」の作り方を会得したぼくは(← Togetter のユーザーインタフェースは優れていますね。すぐに使えた)、つい調子に乗って、第二作も作ってしまった。
スーパーに味噌ラーメンを買いに行ったら、名作 YESak が誕生し、太ってしまったミュージシャンの話題が異様に盛り上がった
もう、タイトルからして、どうしようもないと感じさせるのだが、実際には、感じさせられた以上にどうしようもないのである。ま、ぼくがまとめているから、構成とストーリー性は素晴らしいんだけどね。でも、くだらないのさ。

また、単にくだらないだけでなくて、Yes というバンドの Owner Of A Lonley Heart という曲やその周辺のことを知らないと、もう、まったく面白くもないという、まあ、個人的な趣味のまとめですね。 2 月が慌ただしく過ぎて、年度末に突入しようという時期に免じてお許し下さればと。

あ、しまった。推敲しているうちに、12 時をちょっとだけ過ぎた。馬車がカボチャに戻る前にアップしなくては・・

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田崎晴明
学習院大学理学部物理学教室
田崎晴明ホームページ

hal.tasaki@gakushuin.ac.jp