日々の雑感的なもの ― 田崎晴明

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茶色の文字で書いてある部分は、相当に細かい仕事の話なので、ふつうの読者の方は読み飛ばしてください。


2013/6/8(土)

風邪は完治したはずなのだが、なかなか本調子がでないぞ。

講義のときなんかは、元気なのだ。 それ以上に、学生を前にして教えているうちにどんどん元気が出てきて、講義のあとに残った学生と(物理のことや、そうでないことについて)話をしているときなんか、(馬鹿じゃないかと思うほど)すごく明るくて元気なおっさんになっている。 ちょっと「くさい」言い方になってしまうけど、「人に物事を伝える喜び」っていうのは、純粋にぼくらのエネルギーになるんだと思うなあ。

けど、まあ、週末くらいになると、疲れが蓄積していて、動きが鈍い。 国際会議が迫ってきて、大量のメールを書いて、書類も作り始めている。ま、そういう短距離的なことは能率的にできるかな。 ただ、それ以上に、ちょっと面倒なことやろうと思うと、妙に腰が重いのだ。 ダメだねえ。

などと情けないことを書いていないで、最近のことを二件。


6 月 1 日には、以下の福島さんのセミナー。

数理物理・物性基礎セミナー(第 29 回)
日時:2013 年 6 月 1 日(土)14:00 〜 17:30
場所: 学習院大学南 7 号館 101 教室(道順
福島孝治(東京大学大学院総合文化研究科)「スピングラスのレプリカ理論とその周辺」
次回は駒場の福島さん。 ものすごく能率的なモンテカルロシミュレーション法の開拓などでも有名な福島さんですが、今回は、真正面からスピングラスの物理について解説してくださいます。 これは、またとないチャンスなので、ランダム系とその周辺に関心のある若い人たちはお見逃しなく!

ある時期以降のスピングラスの研究の進展はフォローしていなかったぼくにとってはものすごく有益だった。 福島さんが講義が上手だというのは聞いていたが、たしかに、リズムがよく聞きやすいし、何が重要かという本質が明瞭に伝わってくる名講義。 Edwards-Anderson order parameter の定義や意味あたりは、ちょっと簡略すぎて、知らない人には分からなかったかもしれないが、後半のレプリカ対称性の破れや、レプリカ自由エネルギーの凸性なんかの議論は実に明快であった。

終わったあとの打ち上げで、まる二週間ぶりにビールを飲んだ。

福島さんともゆっくりと話せてよかった。 かれの研究の中で、スピングラスの物理を追いかけることと、斬新で効率的な計算アルゴリズムを作ることがどう関係しどう位置付けられているかみたいな話も聴けたのは収穫。

この打ち上げではもちろん福島さんが主賓なのだが、かれはたいへん気が利く人なので、人のグラスにビールを注いだり料理の皿をまわしたりと、まるで主催者のような活躍ぶり。 会計を頼んだときも、お店の人が迷わず福島さんに伝票を渡そうとしたのが印象的であった。

このセミナーの打ち上げにしては珍しく、場所を変えての二次会も。 いよいよ深い話をしてしまう。


さて、風邪からようやく立ち直ったばかりの 5 月の月末には、郡山市に行ってきた。

多くの人たちから、普段は聞けないタイプの話をいろいろと聞かせていただいた上に、市内の何カ所かも案内していただき、学ぶことのきわめて多い、実に有益な訪問になった。 ありがとうございました。風邪が治って行けてよかったです。

まだまだ消化すべき「宿題」だらけだが、以下、郡山訪問で学んだこと・考えたことのほんの一部を箇条書きにまとめておく。

[radiation]



夕方になって、少しだけ近所を散歩。

この時間、それぞれの家庭から夕食を煮炊きする匂いが漂いだしてくる。いい感じだ。

しかし、さっさと元気を回復して、プールに通いたいものだ。


2013/6/9(日)

明日の「現代物理学」の準備。

先週の最後に色々と質問が出たところを補完するためには、やはり、Liouville の定理を思っていたよりもきちんと解説すべきだなあと考えているうちに、そこまでやるなら Jarzynski 等式も(確率過程じゃなく)N 分子のハミルトン力学系でやってしまえばいいではないかと思い立ち、ここにきて、先のほうのシナリオを大幅に変更することに突如として決定! ま、一人でやっているんだから、ここに書かなければ方針変更したこともばれないんだけどね。 考えてみれば、今までの流れの延長としてもこれは十二分に自然だし、知識として伝えるにも、このほうがずっと「正統」なのだよな。

さあて、しかし、明日をいれて残りは 5 回。 多変数関数の微分なんかが出れば(一年生向けに)いちいち解説をするわけだし、進路は決して早くない。 果たしてデーモン君は登場できるのか? がんばろう。


夕方からは「現代物理学」の寸前の準備に費やして、まあ、なんとかなった。

それまでの時間は何をしていたかというと、(妻が仕事だったので)夕食の支度はしたが、それ以外には、メールを書いたりといった情けない雑用以外は、ほとんど何もしていないのだなあ。 ちょっと自分でも驚くほどに生産性が低い。 病気というわけじゃないけれど、明らかに体調も精神的なパワーも低調なのである。 土日の休息で回復してバリバリ仕事が再開できるつもりだったのだが、こりゃ困ったもんだ。

だいたい、ぼくの日記は、アホのように元気に物理をやったりライブに行ったりする様子を描写するのが主だったので、こういう低調な日にはどうやって日記を書いたものか戸惑ってしまう。 しかし、年をとっても日記を続けようと思ったら、そういう状況にも対応しないといけないんだよな。老後に向けてあらたなスタイルを模索せねば。


昨日の日記の WBC の検査結果の部分は誤解と判明。おはずかしや。 記事を線で消しておきました。

不正確な情報を伝えてしまい、申し訳ありません。


2013/6/16(日)

先週の週末は「半病人」だったが、かなりマシになってきている。 とはいえ、5 月前半のアホみたいな元気さとはほど遠いのだが。

昨日は濃厚な一日だったので、日記を書いておこう。


朝、「うまく行かない」系の苦しくバランスの悪い夢をたくさん見て目覚める。 目覚めても妙に精神的なテンションが低く、なにもかもに微妙に悲観的なトーンがかぶさってしまう。 ぼくとしては、たいへんに珍しいことである。

なかなか音楽を聴く気にもならなかったが、悩んだ末、Zabadak でもパスピエでも Perfume でも林檎でもなく、グールドのゴールドベルク変奏曲(しかも最後のやつ)を聴くことにした。

これは正解だった。精神=肉体の深いところが秩序化され暖まる感覚。

少しずつだが、楽観と精神的昂揚というぼく本来の「固定点」にゆっくりと戻っていく。


上で、わざわざ「しかも最後のやつ」と書いたのは、バッハを聴くにせよ、そして、グールドのゴールドベルク変奏曲を聴くにせよ、もっとも「ミーハー」なチョイスであるということを言いたかったから。 ミーハーでいいんですよ。好きなら。

ちなみに、ぼくたちの世代は、人生のある時期(ぼくの場合は大学院の頃)に、それまで集めた LP レコードが(実際問題としては)聴けなくなり CD に切り替えるという体験をしている。 グールドのゴールドベルク変奏曲(の最後の録音)は、何を隠そう、ぼくが CD に切り替える決心をした直後に買った二つ目の CD なのである。 (一つ目は、まあ、あれです。)


昼間は、いよいよ迫ってきた国際会議の準備に向けて作業、メール書き。 そして、準備中の論文に手を入れる作業。しばらく前にぼくが書き上げた草稿に、共著者からのコメントがちょっとずつ届いているので、それを反映する作業。 地道な話なので急ぐ必要はないが、あと少しで公開できると思う。 また、詳しいことは今度。
夕方からは Zabadak の「プログレナイト」へ。

信じがたい超絶技巧の濃厚・高密度な音楽。 これを、すぐそこで生きた人間が生で演奏しているという実感はやはりすごい。 こちらの感じる時間さえ濃密になる感触があるし、難曲の難所がピタッと決まるのを聴くのは本能的な快感でさえある。 大げさかもしれないが、聴きながら「生きてきて良かった」と思えるレベルのライブだった。

にわかファンだがほとんどの曲を知っていたし、特に、聴きまくっていた「12月の午後・三部作」や「鏡の森」を生で(少しずつ新しいアレンジで)聴けたのは至高の喜び。


メンバー、元メンバー(!)、関係者、スタッフなどが集う打ち上げにも誘っていただく。

先ほどまでステージ上で神のような演奏を披露してくれていた人たちと向き合って飲んで話す違和感のすさまじいことよ。 そもそも、ぼくの音楽コンプレックスは尋常ではなく、音楽ができる人にはいつでも無条件に憧れてしまうのだ。 今日は、またレベルが桁違いである。

考えてみれば、ノーベル賞科学者とぼくの(科学の能力での)隔たりに比べても、かれらとぼくの(音楽の能力での)隔たりはずっとずっと大きいだろうから(←ぼくの科学者としての能力が高いと言っているのではなく、音楽の能力が低いと言っているのですよ)、強い畏怖・憧れを感じるのもむべなるかな。 ありがてえことじゃ。

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田崎晴明
学習院大学理学部物理学教室
田崎晴明ホームページ

hal.tasaki@gakushuin.ac.jp