日々の雑感的なもの ― 田崎晴明

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茶色の文字で書いてある部分は、相当に細かい仕事の話なので、ふつうの読者の方は読み飛ばしてください。


2015/11/3(火)

昨日の月曜日は駒場の「現代物理学」だった。

今年は「なぜ時間には向きがあるのか?」というテーマ。 「長さ L の格子上に(排他的相互作用をする)N 粒子を置いた系」というたった一つのモデルを(確率過程および孤立量子多体系という二つの設定で)半年かけて扱い、マクロ系での不可逆性を数理的に導出するという、マニアックな講義が多かった「現代物理」の中でもひときわマニアックな講義をしている。 ただし、一年生に全て(原則として)理解できるという拘束条件は守っているつもり。昨日は量子力学をゼロから教えたぜ!

「現代物理学」は 2002 年度に始めて以来、ずっと月曜の 2 時限目に開講しており、特に、 2003 年度からはずっと前期(夏学期)の月曜の 2 時限目という不動の位置を保っていた。 しかし、今年は駒場でのカリキュラムの大変革の[ここらへん、自主検閲で修正]影響を受け、後期(秋学期)にまわった上に、月曜日の 5 時限目になってしまった。しかも、今年から東大は 105 分授業なので、5 時限目というのは 4 時 50 分から 6 時 35 分なのである。

既に季節は冬に向かっているので、4 時前後に駒場に着く頃にはあたりは暗くなり始めているし、控え室で講義の準備をして教室に向かう時にはもう暗い。ついつい寂しくなりそうな気持ちを必死で鼓舞して元気に講義して、で、講義が終わればもう真っ暗。完全に夜になっているのだ。

ま、それでも、723 教室がさらりと埋まるくらいの多くの人たちが一生懸命に(真っ暗になるまで)聞いてくれるので、講義をするのは楽しく、また、rewarding である。これは心からそう思ってます。


講義がおわって、質問などに答え、控え室に戻って一息ついてメールをチェックしたりすると、もう 7 時なっている。 疲れているし時間も遅いのだけれど、駒場から渋谷駅まで歩くことも多い。 目白の界隈とはまた違った趣の住宅街を経て夜の街を歩いて行くのは気持ちがいい。

そして、渋谷に近づくと、アホのように人が増えてくる。 普通の人、変な人、やたらとかっこいい人、金持ちそうな人、そうでない人、怖そうな人、怪しそうな人、そして、夜の 7 時過ぎからすっかりはしゃいでいるたくさんの外国人観光客などなどが雑多に入り交じった人混み。 ぼくは日頃から今の渋谷を「頭のおかしい街」などと言っているのだが、正直な気持ちを言うと、この雑踏の中に紛れて歩くのは嫌いじゃない。 いや、もっと正直に言えば、かなり好きだったりする。 ま、実は生まれた街でもあるし。


で、 --- めっちゃつながりの悪い文章になってるなあと自分でも感心するほどなんだけど --- 駒場での「現代物理学」なのだけれど、来年度は担当して、そして、それで最後ということになった。

理由は、まあ、簡単に言えば、

「時間には向きがある」
から(「じゃあ、なんで時間には向きがあるんだ?」と思う人は今年の講義を聴いてね)

来年度はやっぱり夏学期に戻って「四月病」の新入生たちに教えたいと思う。残念ながらやっぱり月曜の 5 時限目だけど、まあ、冬ほどは寂しくないだろう。夏の夜に「頭のおかしい」渋谷の街を歩くのもきっと悪くない。 テーマは、ちょっとアレだけど 2002 年の初回と同じ「マクロ系の物理学」とかにして、なんか、ぼくらしいことを好き勝手にがんばって教えようと思っています。どうかよろしく。

2002 年度から 2016 年度までだから、けっきょく、駒場での講義を 15 年間にわたって担当することになる。 よく続いたよね(だいたい、2002 年度と言えば、たぶん、ぼくの「先生」である沙川さんが学部に入学した年なんじゃないのかな? なんか、頭がクラクラしてしまう)。 まだ終わってはいないけれど、この講義を担当して、きわめて多くの素晴らしい若者たちと接することができたし、ぼく自身も本当に多くの事を得た。 ぼくにずっと講義を担当させてくれて、まったく好き勝手にやらせてくれた駒場の皆さんには深く深く感謝している。ありがとうございました。 (ま、来年度の講義がぜんぶ終わったら、もっとちゃんとお礼とまとめを書こうと思います。)

さて、となると、2017 年度からは駒場の「現代物理学」はなくなるし、大学院での集中講義も先日の阪大での「完成形」を最後にもう担当しないわけで、学習院以外の人たちがぼくの講義を聴くチャンスがぐっと減ることになってしまう。 ま、それはそうで、ぼくはやっぱり学習院の学生を教えることに最大の力を使ってきたしこれからもそうなんだけど(だから、ぼくの講義が聴きたい人は学習院に入ってほしいわけだけど)、一応、新企画を構想中だす。 2017 年度からは学習院での大学院の講義を充実させることを考えております。 おそらく、前期の月曜 2 時限目あたりに、大学院の講義としては何故か広めの教室を使って、毎年、なにか魅力的なテーマについて、大学院生だけでなくちょっと背伸びしたい学部生にも面白いような講義をしたいと思っている。 以前にも何度かそういう大学院講義をして、けっこう多くの人に聴いてもらったんだけれど、それをできれば毎年くらいのペースでやろうという感じ。 まあ、その、なんだ、えと、目白のキャンパスは交通の便もいいし、きれいだし、ま、つまり、そういうことですな。なので、こちらの新企画も(まだ先だけど)どうかよろしく!


2015/11/12(木)

以下はちょっとしたメモ。Twitter に書いてもいいけど、140 字よりも長くなるのでこっちにまとめる。


守秘すべき内容のある書類を関係者に送る際に、
  1. パスワードをかけたファイルをメールで添付書類として送付。
  2. 別のメールで(同じアドレスに)パスワードを送る。
という「安全策」がある。

ぼくはこんなのは無意味に近いと思っていたのだが、ぼくの周辺でも複数の人がやっているのを見たので、気になって Twitter で質問してみたところ、やっぱりかなり多くの企業(IT 系を含む!)でも実際におこなわれているらしい。 ううむ。

で、ぼくなりに理解したことをまとめておく(なお、ぼくは情報とかセキュリティーについて詳しいわけでもなく、以下も、Twitter で(ついさっき)知ったことなどをふまえて喜楽に書いているので、そのつもりで)


この方法に意味があると考えられる状況:
  1. ともかく「守秘に気を使っている」という姿勢が示せる。 なにかあっても「パスワードをかけるなどの対策を講じていました」と言える。
  2. 他人あるいは自分自身が偶然にそのファイルを開いてしまう危険がなくなる。
  3. メールの中継点でスニッフィング(流れてくる情報を盗聴することだと思う)されても(メールの流れは複雑なので)全てのメールが読めているのではない場合、ファイルを添付したメールだけを傍受されても安全。
3 の想定がどれくらい現実的なのかぼくにはよくわからない。

2 は明らかに有効だと思うし実質的に意味がある。ただ、本気の安全策というわけじゃない。

ま、1 はすごく大事なのかもね・・・


この方法に意味がないと考えれる状況:
  1. 送信先のアドレスを間違う場合。多くの場合、アドレスの間違いは、名前やアドレスが似ていることとメールソフトによる自動補完から生じると思われる。それなら、一回間違えた人は二回目も高い確率で同じ間違いをする。つまり、無関係な人にファイルとパスワードの双方が届く。
  2. メールアカウント乗っ取られ全てのメールが読まれる場合。
  3. パソコンが何らかの理由で他人の手に渡り、中身のファイルとメールの履歴が読まれてしまう場合。
1 のタイプのミスはつねに一定の確率で生じると思うし、それを完全に避けるのは難しいだろう。

2 については、Gmail で多くの人が乗っ取りにあったのは記憶に新しい。 あのときは単に「外国に来て財布を落とした」みたいな詐欺メールが来ただけですんだが、本気でメールをすべて読まれたら秘密書類も読まれてしまう。しかも「パスワード」で検索すれば重要書類が送られたタイミングがわかってしまうので「通抜け無用で通抜けが知れ」を地でいくことになる(企業だと秘密書類を gmail 宛に送ることはあり得ないだろうが大学関係者は・・・)。 もちろん、すべてのメールを盗聴される場合も同じ(というか、こっちが気づかないからさらに悪い)。

3 も珍しいことではないだろう。「飲み屋にパソコンを忘れて来た。パスワードをかけていなかった」と嘆いている人を見たことがあるし、環境によってはつけっぱなしのパソコンを誰かが見ることはありうる。 時間があれば「通抜け無用」作戦も実行できる。

ぼくが知らないだけで、他にもヤバい状況はいろいろとありうるだろう。


というわけで、まとめると、
パスワードを別メールで送っても本当に安全にはなるわけではない
ということでいいと思う。

じゃ、何が最良の安全策かというのはよくわからないのだが、大学のような閉じた組織であれば、

案件ごとにパスワードを決めて(会議で通達したり電話で教えたりして)共有する

のでいいかなと今は思っている。もちろん、パスワードは時々変える。決してメールでは伝えない。 もちろん、これで安心というのも素人の甘い考えなのかもしれないわけだが・・

最後に、(よくわからないながら)Twitter で教わった

パスワードをなるべく安全に届ける方法
という記事にリンクしておこう。特にまとまらないけど、メモなのでお許しを。
2015/11/19(木)

学習院大学の理学部同窓会のお誘いで、一般向けの講演をすることになりました。

こういう講演をすることは、たぶん、この先はほとんどないと思うので、もしご興味のある方がいらっしゃれば是非どうぞ。

講演会のおしらせ

■ 2015 年 11 月 28 日(土)14:45〜17:15

■ 学習院大学 中央教育研究棟 3 階 302 教室(山手線目白駅から徒歩 5 分以内。地図はこちら

■ 理学部同窓会主催。参加申し込み不要。無料。

 14:45〜15:55
  飯塚 健(群馬大学名誉教授)
  「情報化学とその使命」

 16:05〜17:15
  田崎 晴明
  「どうして時間は過去から未来に流れていくのだろう?」

私たちは時間に「向き」があることは当たり前だと感じている。しかし、今日までに明らかになった物理学の基本法則には、未来と過去の区別はないのだ。ならば、私たちはなぜ「時間の流れ」を感じるのか? これは現代科学の重要な未解決問題のーつである。ここでは、最近の研究をふまえて、「膨大な数の要素(たとえば、原子や分子)が集まった世界では、時間の向きが自然に生まれる」という考えを、簡単な例をとおして解説する。また、一度おきてしまった変化を「情報」を利用して元に戻すという「情報熱力学」のアイディアにも触れたい。
5 月にやった木下先生の追悼の会(5月の日記はまだ書きかけじゃないか・・・(しかし、あれから半年後に、ご子息の木下先生が帰らぬ人になるとは・・))のときに用意した素材なども使う予定だけれど今回は 1 時間なのでいろいろとじっくり話せる。しっかりと準備せねば。以前に講義や講演で使って反応がよかった「つかみのネタ」は再利用する可能性があるので、知ってるネタがでてきても笑ってやってくださいね。

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田崎晴明
学習院大学理学部物理学教室
田崎晴明ホームページ

hal.tasaki@gakushuin.ac.jp