公開: 2011年6月18日 / 最終更新日: 2012年10月6日
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放射線と原子力発電所事故についてのできるだけ短くてわかりやすくて正確な解説
この解説を読む前に、本文の「放射線って体に悪いの?」をご覧になるといいと思います。
ガンで死亡する人が被ばくのないときに比べてどれだけ増加するかの比率を表わしたのが過剰相対リスクであり、死亡率がどれだけ上乗せされたかを表わすのが過剰絶対リスクである。
仮に、もともと被ばくがないときの生涯ガン死亡リスクが 25 パーセントだったとしよう(←この数字に深い意味はない)。
被ばくによる過剰相対リスクが 20 パーセントだったとすると、もとの 25 パーセントを(割合として) 20 パーセント増やせということである。 つまり、25 × 1.2 = 30 で、生涯ガン死亡リスクは 30 パーセントになる。
このとき、もとのガン死亡リスクに比べて、リスクが 5 パーセント上乗せされている。 この 5 パーセントのほうを、過剰絶対リスクという。
2007 年の勧告のほうが、最新の研究までも取り入れた信頼性の高い勧告と思うべきだろうが、日本の法律は今のところ 1990 年の勧告にもとづいているらしい。 よって、ICRP の 2007 年の勧告と 1990 年の勧告のどちらを参照すべきか悩むところなのだが、幸い、(われわれ素人が参照する範囲では)さほど大きな違いはない。 この解説の他のページでも、ぼくは状況に応じて引用しやすい方を引用するようにしている(なお、2007 年勧告の概要を、文部科学省のページの国際放射線防護委員会(ICRP)2007年勧告(Pub.103)の国内制度等への取入れに係る審議状況について-中間報告-で読むことができる)。
低線量低LET放射線の全身均等照射による放射線誘発癌(身体的影響)の生涯死亡リスクは、線量-線量率効果係数を2とすると、一般公衆の場合、男女、全年齢平均でSv当り、約5E-2である。とある(強調は引用者による)。
5E-2 というのは 0.05 = 5 パーセントなので(解説「10 のべき乗 --- 大きい数と小さい数の表わし方 」を参照)、1 Sv あたりのリスクの上乗せが 5 パーセントということになる。 これは、本文の「放射線って体に悪いの?」の「後からじわじわと影響がでる場合」で紹介した「公式の考え」そのものだ。
損害で調整されたがんリスクの名目確率係数として、全集団に対して 5.5×10-2Sv-1、また成人作業者に対しては 4.1×10-2Sv-1 の値を提案する。となっている(ICRP, Publication 103、日本語訳 p21 の (83)、p19 の表も参照)。 何を言っているかわからないと思う。 実際、この表現の意味がわからなくて混乱してしまった人がたくさんいる。ICRP には、もっと明晰な言葉で語る努力をしてほしいと切実に思う。
「損害で調整されたがんリスクの名目確率係数」というのがわかりにくさの元凶だ。 これは大ざっぱにいえば、「死につながるか、それに匹敵するくらい重いガンにかかる確率の上乗せ」のことだ(細かい注意:正確に言うと、ここでの「ガン」には白血病も含まれる(さらに細かい注意:医学、生物学などの専門的な文献では「癌」と漢字表記した場合は胃癌や肺癌などの通常の意味での癌を指し、「がん」と平仮名表記した場合には白血病なども含み「広い意味での癌」を指すという習慣があるそうだ。この解説では、その習慣には従っていない))。
このような量を導入した理由は以下のようなものだと考えられる。 「生涯ガン死亡」のリスクだけを問題にしていると、辛うじて死には至らなかったものの大きなダメージを受けてその後の生活も激変したというような重篤なガンを取り上げないことになってしまう。 これは困ったことだが、逆にすべてのガン発症を取り上げると、簡単な内視鏡手術で取れてしまうような軽い悪性腫瘍や(特に老人の)ほとんど成長せず健康にほとんど影響しない腫瘍までも数えてしまうことになって、これでは数え過ぎだ。 そこで、死亡に至らなかったガンについても、「どれくらい重篤か」を評価してやって、それで重みをつけたリスクを計算する。 そうやって、致死のガンと非致死のガンのリスクを足し合わせたものを「損害で調整されたがんリスクの名目確率係数」と呼んでいるのだ(これは、なかなかややこしくて、ぼくは専門家に教えてもらってようやく理解できた。より具体的な計算が知りたい方は、ICRP publ. 103 の付録 A.4.4 の表 A.4.5 などをご覧いただきたい)。
というわけで、表現はややこしくなったけれど、「損害で調整されたがんリスクの名目確率係数」は、だいたいのところは「(生涯のあいだに)ガンで死亡するリスクの上乗せ」と考えていいということになる。 そうなると、ICRP 2007 の勧告も、上の ICRP 1990 の勧告とは大きく変わらないということになる(そもそも「公式の考え」がコロコロと変わるようでは困りものだ)。
実際、同じ 2007 年の勧告の少し後のほうには、
(87) というわけで、現在の国際放射線安全基準の基礎になっている 1 Sv につき 5% という近似的な全体的な致死リスクは、放射線防護の目的に対しては引き続き適切であり続けるというのが、委員会の勧告である。(ICRP, publ. 103, p. 55、翻訳は田崎による)と書いてある(公式の日本語訳があまり正確ではないので、拙訳を載せた。「付録:ICRP publ. 103 (87) の原文」を参照)。 つまり、本文の「放射線って体に悪いの?」の「後からじわじわと影響がでる場合」で紹介した「公式の考え」でいいよということだ。 しかし、それならそれでもっとわかりやすく表現してほしいものだ(国立保健医療科学院生活環境研究部による名目リスク係数の解説(web ページ)が比較的わかりやすいとされているが、それでも、やっぱりわかりにくい)。
それも、個人のブログにいい加減い書いてあるといった話だけではなく、大手の新聞の報道、文部科学省や学術会議からの文書にまで間違いが見られたのだ。 しかも、ミスを指摘しても、なかなか誤りと認めず修正もしてくれなかった。
ある意味で、ほとんど「どうでもいい」話なのだが、日本における放射線のリスクについての情報の伝達がどれほどいい加減だったか(あるいは、いい加減であるか)を示す典型例なので、記録のため付属文書「被ばくによるガンのリスクについての誤った情報」にまとめておいた。
「公式の考え」をつくるもとになった疫学調査では、もちろん、男女差や年齢差はきちんと考慮されている。 そこから「名目リスク係数」を求める際に、男女や年齢によって適切な平均をおこない「誰か個人ではない、標準的な人」についてのリスクを計算しているのだ。 「公式の考え」でいう「ガン死亡リスクの上乗せ」は、そういう「標準的な人」を対象にしたものなのである。
これは、ICRP の「公式の考え」が、個人の健康リスクの判断や、実際にガンで死亡する人数の推定に用いるためのものではないことと密接に関連している。 「公式の考え」は、あくまで、放射線防護の対策や、汚染した地域での対策のための意思決定(ある地域から人々を避難させるのか、それとも人々を残して除染するのか、など)に用いることになっているのだ。 ちなみに、(一人あたりの被ばく線量)×(総人数)× 0.05 という計算で「被ばくのために余分にガンで死亡する人数」が評価できそうだが、低線量の大人数の被ばくの際にこのような見積もりをするのは不適切だというのが ICRP の見解である(ICRP publ. 103, (161) 日本語訳では p39)。
念のために書いておくと、ICRP が個々の人たちの被ばくや健康被害に無頓着なわけではない。 ある程度の汚染のある地域で暮らす人たちの被ばくを考える際には「標準的な個人」の考えは使ってはいけないこと、人それぞれの被ばく状況を最大限丁寧に調べることを強調している(ICRP publ. 111, Executive Summary (f), 2.2 節)。
つまり、実際にある程度の被ばくをしてしまう状況で暮らすことを考えるなら、大ざっぱな「生涯ガン死亡リスクが 1 Sv あたり 5 % 上乗せ」という目安では不十分ということだ。 特に、子供への放射線の害は大人よりもずっと大きい。 本文でも強調したように、子供は別格に扱って、可能な範囲で被ばく量を減らすべきだ。 この点については、解説「子供の被ばくに気をつけなくてはいけないのは何故か」を見ていただきたい。
もちろん、人への実際の影響を知りたいのだから、1 の疫学調査がもっとも信頼できることは言うまでもないだろう。 そして、もっとも大規模な疫学調査は、不幸にして広島・長崎で原爆の被害にあった人たちを対象にしたものだ。 特に重要なのは LSS (Life Span Study) 集団と呼ばれる 12 万人の被爆者を対象にした長年にわたる追跡調査である。 詳しくは、付録:参考文献の文献 1 を参照(Life Span Study は「生涯にわたる調査」といった意味。日本語訳が「寿命調査」となっているのは理解できない)。 広島・長崎の被爆者以外にも医療被ばくした人たちについてのデータなどもあるが、未だに、規模においても信頼性においても広島・長崎のデータが飛び抜けているとされている。
広島・長崎の調査の結果: LSS 集団に関する疫学調査の結果をごく簡単にまとめれば、
1 Sv 被ばくすると生涯の間にガンに罹患するリスクが約 1.5 倍になるということになる(付録:参考文献を見よ。特に文献 1)。 ここでは、相対リスクが用いられていることに注意しよう。 1 Sv の被ばくによるガン発症の過剰相対リスクが約 0.5 = 50 % ということである(細かい注意:生涯の間にガンにかかるリスクを真正直に調べようと思ったら、調査対象となっている人たち全員が亡くなるまで待たなくてはいけない。もちろん、そんなことはできないので、このリスクを求めるためには、実際に得られたデータをもとにいくつかの仮定を設けて理論的な推測を行なっている。ここでは、そういった詳細には踏み込まない)。
右のグラフ(放射線影響研究所「原爆被爆者における固形がんリスク」より(サイトポリシーを遵守し)引用した。著作権は放射線影響研究所にある)は、この疫学調査から得られたものである。 黒丸がデータ点で、線はいくつかの方法でデータをフィットしたもの。 グラフをざっとを見るかぎり、生涯での固形ガン発症のの過剰相対リスク(縦軸)は、被ばく量(横軸:結腸線量とあるが、被ばく量(単位シーベルト)とみなしてよい)とだいたい比例しているようだ。
詳しい解析の結果、被ばく量が 100-200 mSv 以上 2 Sv 程度以下では、発ガンの過剰相対リスクと被ばく量はほぼ比例すると考えられている。 しかし、被ばく量が 100 mSv を下回ると、比例関係があるのかどうかはデータからはわからなくなる。 そもそも、多くの人が被ばくとは無関係にガンにかかるわけで、被ばくによる(存在したとしても)わずかな増加をデータから読み取るのが困難になるからだ(本文の「放射線って体に悪いの?」の「確率的影響についての考え方」を参照)。
そもそも対象になっているのは、長い戦争の末期に広島・長崎にいた人たちだから、現代の通常の集団とはいろいろな意味で異なっている。 また、LSS 集団が作られて調査が始まったのは原爆投下から 5 年後であり、腫瘍登録制度が作られてガンが完全に記録されるようになったのはさらに約 8 年後である。 被爆してから調査が始まるまでの 5 年間に亡くなってしまった(多くの)人たちはもちろん調査対象になっていないわけだし、被爆してから 13 年間のあいだにガンになった人の記録も不完全ということになる。 これによって、放射線被ばくに対して弱い人たちのデータが抜け落ちているのは確実である。 特に、小児ガンのリスクについての情報がほとんど得られないことは LSS 集団の調査の疫学研究を進めている主流派の研究者も認めているところで(解説「子供の被ばくに気をつけなくてはいけないのは何故か」の「広島・長崎の被爆者のデータ(あるいは、データ不足)」を参照)、この調査の最大の欠点と言えるかもしれない。
さらに、被ばくの総量も実測するわけにはいかないので、どれくらいの放射線が出たかの計算と被爆した場所をもとに、被ばく量を見積もることになる。この見積もりが誤っていれば、当然ながら、リスクの評価も狂ってくる。 実際、1986 年に被ばく線量の評価が大きく見直され、リスク評価も(約 2 倍程度の)変更を受けた(たとえば、放射線影響研究所の「原爆被爆者の線量推定方式の改定による癌死亡リスク推定値への影響(web ページ)」を参照)。 また、LSS では内部被ばくの効果は小さかったとして取り入れられていないこと、「被ばくした集団」と比較する対象が「まったく被ばくしていない集団」ではなく「ごく弱い被ばくしかしていない集団」であることを問題視する人もいる。 広島・長崎での被ばく線量の評価については、これからも、議論と真面目な研究が続くだろう。
このような LSS の弱点については公式の文書でもある程度は吟味されている。 当然だが、過去に戻って色々なことを調べられない以上「絶対にこうだ」とは言い切れない。 今の時代に入手可能な情報を使って LSS 集団の調査の結果が信頼できるかどうかを吟味しなくてはならない。 一つの標準的な方法は、他の疫学的研究の結果と LSS 集団についての結果を比較することである。 そのような比較を行なった結果、だいたいのところは整合性のある結果が得られたとされている。 ぼくが参照したいくつかの公的な研究グループの報告(CERRIE(「内部被ばくのリスク評価について」を参照)、BEIR、UNSCEAR、ICRP(付録:参考文献))では、そういった点を吟味した結果として、LSS 集団についての調査は(万能ではなく不確定性もあるが)被ばくの健康影響についてのもっとも信頼すべき情報源であり、上にまとめた結果も信頼に値すると結論されている。 また、 Brenne らの総説(付録:参考文献)のような学術的文献でも、基本的に同様の結論が述べられている。
このように、「公式の考え」の基盤となる LSS 集団についての調査も決して万全ではない。
LSS 集団の調査から得られた結論も一定の不確かさを含んでいることはしっかりと認識しておくべきだろう。
1 Sv の被ばくで、ガンの発生率が約 1.5 倍になることをみた。 もっとも単純に考えて、同じ 1 Sv の被ばくで、生涯ガン死亡リスクも同じように 1.5 倍になるとする。
被ばくがまったくなかった場合の生涯ガン死亡リスクを仮にガ 20 パーセントとしよう。 これが 1 Sv の被ばくで 20 × 1.5 = 30 パーセントになる。 つまり、リスクの上乗せ(過剰絶対リスク)は 10 パーセントということになる。
LNT 仮説: 上で述べたように、被ばく量が100-200 mSv を越えれば、(発ガンの)過剰(相対)リスクは被ばく量にほぼ比例することがわかっている。 しかし、100 mSv より小さい被ばく量について、過剰リスクと被ばく量の関係がどうなっているのかは、疫学調査の結果だけからではわからない。
そこで、もっとも単純に考えて、低い被ばく量についても、この比例関係がずっと成り立つとしたのが、「線形閾値(しきいち)なし仮説」あるいは「LNT(Linear No-Threshold )仮説」である(右のグラフの B に相当する)。 といっても、(少なくとも ICRP の場合は)実際のガンの過剰リスクが LNT 仮説に従うという学説を提出しているわけではない。 放射線防護のために何らかの基準を設ける必要があるので、ともかく、もっとも単純な比例関係を「目安」として採用したのである。
被ばく量と過剰リスクの関係は、実際には、右のグラフの A のようになっており、低線量の被ばくの影響は(もちろん、小さいわけだが)LNT 仮説の見積もりよりは大きいという考えがある。 他方、これらの関係は、右のグラフの C のようになっており、低線量の被ばくの影響は LNT 仮説の見積もりよりもさらに小さいという考えもある(実際、下の DDREF の説明で見るように、ICRP は部分的にこの考えを採用している)。
このページの上で引用した LSS 集団の調査から得られた線量と過剰リスクのグラフを見直していただきたい。 このグラフの左下、横軸で 0 から 1 目盛りのところが 200 mSv の被ばく量を表わしている。 ご覧のように、このあたりの黒丸の並び方はいかにもバラバラで、この A, B, C のいずれの形(あるいは、また別の形)が妥当か判断がむずかしいことがわかるだろう。
「調査でわからないなら放射線被ばくで発ガンする仕組みについての理論を使えば答えがでるのではないか」という疑問をもつかもしれない。 実際、DNA が放射線で傷つけられ修復する様子についてのモデルをもとに、低線量の被ばくの影響を議論している研究者はたくさんいる。 しかし、残念なことに、誰もが賛成する「決定版の理論」というものは存在しないようだ。 LNT 仮説が正しいことを示す理論もあれば、上の C の曲線、あるいは A の曲線が正しいことを示す理論もある。 けっきょくは、実際のデータがない限りは決着しないのだ。
ちなみに全く別の疫学調査(胎児の X 線被ばく)から 10 mSv 程度の被ばくでも健康影響があるとの報告があり、これは LNT 仮説(というより、低線量でもわずかながら健康影響があるという考え)を支持する材料とされている(付録:参考文献の最後にあげた Doll と Wakeford の論文を参照)。
ただし、LNT 仮説が正しいにせよ、そうでないにせよ、低線量の被ばくによって生じる(ガン発症やガン死亡の)過剰リスクがきわめて小さいことに変わりはない。 「リスクがわからない」という表現に出会うと異常に高いリスクがあるのではないかと誤解してしまう人がいるようだが、被ばく量が少なければ過剰リスクも小さいことに議論の余地はないのである。
そこで、LSS 集団の調査から得られた急性被ばくでのガン死亡リスクを、線量-線量率効果係数 (DDREF, Dose and dose-rate effectiveness factor) という因子で割って小さくしたものを、慢性の低線量の被ばくでのリスクとすることになっている。
線量-線量率効果係数を決めるために、動物実験や理論モデルの解析結果が用いられているそうだ。 ただ、係数の実際の値について、しっかりとした見解の一致はない。 たとえば、米科学アカデミーからの電離放射線の生物学的影響(Biological Effects of Ionizing Radiation) 報告では、この係数を 1.5 にとっている。また「原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)」では、そもそも線量-線量率効果係数という考えを採用していないようだ(付録:参考文献の文献 3 と 4 を見よ)。 つまり、このあたりに来ると、公的な委員会の見解にも 2 倍程度の評価の食い違いがあるということだ(付録:参考文献の文献 1 にあげた Sinclair の論説を参照)。 実際、近年の疫学調査の結果をもとに DDREF の考えそのものを見直そうという動きもあるという(付録:参考文献の最後にあげた Jacob らの総説を参照)。
「公式の考え」を決めている ICRP では、線量-線量率効果係数を 2 に選んでいる(ICRP publ. 60, p. 19 には、DDREF を使うのは、被ばくの総量が 0.2 Gy 以下であるか、または、被ばくした線量率が 0.1 Gy/h 以下のときとある)。 よって、1 Sv の被ばくでのガン死亡リスクの上乗せ(過剰絶対リスク)は、上で求めた 10 パーセントの半分ということになる。 つまり、「1 Sv のゆっくりした被ばくで、生涯ガン死亡リスクが 5 パーセント上乗せ」ということになり、「公式の考え」が得られる。
まず、英語の ICRP publ. 103 から引用する。
(87) It is therefore the recommendation of the Commission that the approximated overall fatal risk coefficient of 5% per Sv on which currrent international radiation safety standards are based continues to be appropriate for the purpose of radiological protection. (ICRP publ. 103, p.55)平易な英文だと思うが、念のため、構文が明確になるように適当に区切って書いてみよう。
It is therefore the recommendation of the Commission thatこれを(ぼくがゼミのときに学生さんにやらせるみたいに)英語の順番を変えずに、日本語に置き換えると、
[ { the approximated overall fatal risk coefficient of 5% per Sv}
← { on which currrent international radiation safety standards are based } ]
continues to be appropriate for the purpose of radiological protection.
というわけで、委員会の勧告は以下のとおりだよという感じだろう。「適切であり続ける」の主語はもちろん「致死リスク」。
[ { 1 Sv につき 5% という近似的な全体的な致死リスク}
← { 今の国際放射線安全基準はこれに基づいているわけだけどさ} ]
は、放射線防護の目的に対しては、引き続き適切であり続ける。
これを普通の日本語にすれば、
というわけで、現在の国際放射線安全基準の基礎になっている 1 Sv につき 5% という近似的な全体的な致死リスクは、放射線防護の目的に対しては引き続き適切であり続けるというのが、委員会の勧告である。という具合。まあ、ほぼ正確な訳のつもり。
で、「公式」の訳は、以下のとおり。
(87) したがって、現在の国際放射線安全基準が基づいている全体的なおおよその致死リスク係数である 1Sv 当たり約 5% という委員会の勧告は、引き続き、放射線防護の目的に対して適切である。(ICRP, publ. 103、日本語訳 p21)もちろん、だいたいの意味はあっているけれど、全体の構文は読み取れていない。 "It is therefore the recommendation of the Commission that" が一番外側にあって、その recommendation の内容を書いているという文なのだけど、何をどう考えたのか、"continues to be valid" の主語を無理矢理 "the recommendation" にしてしまっている(本当の主語は "the approximated overall fatal risk coefficient of 5% per Sv")。 そもそも「致死リスク係数である 1Sv 当たり約 5% という委員会の勧告」って日本語として不可解("of 5% per Sv" の "of" の訳し方も微妙)。 だいたい、「約 5%」の「約」とか、どっから来たのか不明だし("approximated" はすでに「おおよその」で訳している)かなり杜撰な「やっつけ翻訳」っぽい。
真面目な話、この訳で困るのは「・・という勧告は引き続き適切」と書いてあるので、「これは過去に出された勧告について語っている文章であり、現在の委員会の勧告は別にある」という風に(まあ、割と自然に)解釈できてしまうことだ。 しかし、原文は堂々と "It is therefore the recommendation of the Commission that" と(現在形で)書いてあるので、これが現在の委員会の勧告なのだということが明確にわかる。 そんな細かいことで引っかかる人はいないだろうと思われるかもしれないが、ぼくの知る限りでも、一名の人はこの部分の解釈にこだわって「ICRP の現在の考えは『1 Sv の被ばくで、ガン発生リスクが 5% 上乗せされる』である」という主張の論拠にしていた(「被ばくによるガンのリスクについての誤った情報」の「朝日新聞の報道」の末尾にある石田勲氏の 2011 年 8 月 9 日のメール。なお、石田氏には ICRP の原文の件をメールで知らせた)。
しかし、まあ、もう少ししっかりやってほしいものだ。 この英文和訳だったら、大学入試でも半分くらいしか点がもらえないんじゃないかな?(←英文和訳の採点はしたことがないので、適当に書いています。不正確な情報です。ごめんなさい)
これまでは、ICRP publ. の和訳は直訳・逐語訳で読みにくいけれど(我慢して読みさえすれば)正確なことがわかると思っていたのだが、それは甘い考えだったようだ。 ぼくは ICRP publ. については原則として英語版だけを読むことにしようと思うし、ある程度英語が読める人はそうした方がいいというのが私の勧告である。
特に、「ルール」に関わる部分を(拙訳で)引用しておこう。
公式に発表された線量をもってくる。それを 600 倍しよう。 これが、福島から放出された、内部被ばくを引き起こす放射性核種の混合物による ECRR 線量の近似値になる。 この数(訳注:Sv の単位で表わした数字)を 0.1 倍する。 これが、ECRR 2010 の発ガンリスクだ。つまり、ECRR 線量で 1 Sv の被ばくなら、発ガンリスクが 10 パーセント上乗せになるということだ。 本文では、発ガンリスクではなく、ガンによる死亡のリスクで話を進めたので、それに合わせるため(発ガンした人の半数が死亡すると仮定して)「ECRR 線量で 1 Sv の被ばくなら、ガンによる死亡のリスクが 5 パーセント上乗せ」として計算した。