プロテアーゼは、タンパク質代謝のみならず、細胞内シグナル伝達やアルツハイマー病など様々な病気の発症に深く関わっており、創薬の対象としても重要なタンパク質です。そこで、いくつかのプロテアーゼとそれらに特異的に結合する様々なインヒビターについて、その作用機序を分子レベルで詳細に理解するために、遺伝子工学、立体構造解析、ペプチド合成などの手法を用いて解析を進めています。特にタンパク質性のプロテアーゼインヒビターは、タンパク質でありながらプロテアーゼによって分解されるどころか、それらの働きを抑えてしまう、というユニークなタンパク質です。現在、下記に示すようなテーマで研究を進めています。
(1)ズブチリシンに対するインヒビター
ズブチリシンは枯草菌由来のセリンプロテアーゼで、その構造や機能は詳細に調べられています。このプロテアーゼに対して阻害作用を示すタンパク質が放線菌というバクテリアに広く分布していますので、それらの構造を調べたり、その中でも最も研究が進んでいるSSIと略されるタンパク質について、プロテアーゼに対する阻害の特異性の変換の可能性を探ったり、このタンパク質がプロテアーゼインヒビターとして機能するために必要不可欠な構造的特徴を調べています。そのような研究を通して、プロテアーゼインヒビターの阻害作用の詳細を明らかにしようとしています。
(2)ファージディスプレー法を用いた新規ペプチド性プロテアーゼインヒビターの創製
ファージとはバクテリアに感染するウイルスですが、その遺伝子を加工することによって、ファージ粒子のコートタンパク質に異種タンパク質やペプチドを提示することができます。提示する部分の配列をランダムにすることによって、そのライブラリーの中から新規な機能性タンパク質あるいはペプチドを見出すことが可能です。この手法を用いて、ズブチリシンに対して阻害活性を示す12残基のペプチドを見出すことができたので、そのペプチドについてさらに詳しく解析を進めています。
(3)新規な阻害様式を示すプロテアーゼインヒビターについての解析
ヒラタケ由来のPOIA1や酵母由来のYIB2は、他のセリンプロテアーゼインヒビターに相同性がなく、またカルボキシぺプチダーゼで処理すると阻害活性が消失することから、C末端領域がプロテアーゼとの結合に重要であると考えられます。実際にこれらのインヒビターのC末端領域の配列を改変すると、阻害作用に変化が見られます。このようなことから、これらのインヒビターはこれまでにないユニークな阻害様式を示すものと考えています。部位特異的変異体などを用いて、さらに詳細な阻害様式を調べています。
(4)ハプトグロビンのプロテアーゼへの変換の可能性の検討
ハプトグロビンは元々ヘモグロビン結合タンパク質として発見されましたが、そのアミノ酸配列はセリンプロテアーゼのものと似ています。そこでハプトグロビンがプロテアーゼへと機能を変換することが可能か調べています。この例はタンパク質の進化について、何らかの示唆を与えてくれるものと考えています。 |