日々の雑感的なもの ― 田崎晴明

一覧へ
最新の雑感へ
タイトル付きのリスト
リンクのはり方

前の月へ  / 次の月へ

茶色の文字で書いてある部分は、相当に細かい仕事の話なので、ふつうの読者の方は読み飛ばしてください。


9/2/2003(火)

リンクだけの記事なんて日記にあるまじきことだと思うし、まして月が変わって最初に書く神聖な日記だったらなおさらだとは思うんですけど、でも、まあ、ここのところちょっと忙しかったりするので、深く考えず、リンクだけ〜。


9/8/2003(月)

すっかりごぶさたしてしまいました。

別にめちゃくちゃ忙しいわけではありませんが、どうも色々とやることがあって。 (と書いていたら、重要な事が一つ終わっていないのに気がついたぞ。 思い出してよかったああ。 こういうのも web 日記の効用というやつですよ。)

あと、1 日から Raphael がやや長期で滞在しているので、SST 第二法則と絡む話に二人で取り組んでおりまする。


さてさて、ちょっとしつこい気もしますが、先日の「犬とロボットと不動産セールスお断り」問題(セールスは今でもお断りです)の発端となった 8/19 の雑感で、ぼくは、
Google を使って、「椎名林橋 伊丹セソター」で検索しても、ぼくのページはひっかからない
と書きました。 個々の言葉はかなり一般的に使われるものの、これらを組み合わせて論じている文献は、おそらく私自身が以前に公にした論考(1/30/2001)と、中野さんによるコメントの二つだけだろうと考えたのが、これらを検索語に選んだ理由でした。 そして、中野さんの考察は Google にひっかかるのに、私のものはひっかからないということを指摘したわけです。

というわけで、この検索語の組みは学習院の検索ロボット排除問題の象徴的な存在になり、先日のナカムラさんちのロボットくんのつぶやきにも「本社にデータを送っておいたので」この検索語も「ちゃんとヒットするようになったぞ」と書いてあるわけです。

しかしながら、ロボットにも間違いはあるわけでして、あのロボットの独り言が収録された 9/2/2003 の時点で、この検索語で Google にひっかかっていたのは、(ひっかからない事を話題にしていた)ぼくの 8/19 の雑感であって、試金石とした 1/30/2001 の雑感ではなかったのです!  つまり、Google ロボットさんは、まずは新しい雑感を読みに来てくれて昔のはまだ読んでいない。 新しく日記の読者になった人たちと同じですよね。ともかく最新の日記から読む。 で、それがおもしろいと思えば、過去の日記も読みあさるはずなんですけど、ロボットさん的にはあんまりおもしろくなかったでしょうか?  ぼくなんか、昔のやつの方がかえっておもしろいと思うんだけどなあ・・ (新たな読者のためにも「タイトル付きのリスト」をもっとちゃんと更新すべきだな。)

実際のところ、最新の Hal Tasaki's logW は確実に Google に拾われているのですけれど、たとえば、メインのはずのぼくのトップページはまだ読み込まれていないようです。 ま、今まで排除していたんだから、大きいことは言えませんね。 ゆっくりと、他のファイルも読みに来て下さい。 何か、お好みのものとかがあれば、おっしゃっていただければ、サーバーにおいときますよ。 人間の画像とかはお気に召さないだろうし、素数の列とかお好きですか?


ところで、上の Google へのリンクをたどられた方は、この検索語で引っかかるページがすでに三つあることにお気づきでしょう。 そうです。 ナカムラさんちのロボたんもすでに引っかかっています。 こうやって「引っかからない」と話題にしていることで、そのページのみならずそれに言及しているページもひっかかるようになるわけです。

さて、慧眼なる読者は、すでに、

なるほど、で、こうやって「それに言及しているページに言及している」ところの、あなたが今読んでいるこのページもすぐに同じ検索で引っかかるようになります、ちゃんちゃん --- ってのが今回のオチだな、それってあまりにありがちだし最近では前野さんもやってたぞ
と見破っていらっしゃることでしょう。










なんてね。ふふふふふふふふふ、甘いぞ。

って、ばれてたかな??


あ、そうそう。

別に面白い話じゃないのですが、web 関連でもう一つ。

実はですね、どういうわけか、去る9月1日くらいから、ぼくの web ブラウザの動きがイマイチなのです。 シンボリックリンクを利用しているらしきページを見に行くと、なぜかフィアルを読み込めず、真っ白なページを表示してしまいます。 割と不規則で、ページによっては、調子がいいと見えたり、心にやましい思いがあったりその日の行ないが悪いと見えなかったり、とイヤな感じです。

こんなことは今までなかった(ないしは気づかなかった)のに、9月1日を境に複数(ええと、4カ所くらいかな)で同じことがおきるので不思議です。

ちなみに当方の環境は、

です。

試しに、嫌々ながら Internet Explorer を起動してやってみると、同じページも問題なく読めます。

9月1日を境に発動する Netscape のバグがあったのかなあ???  (ちなみに、この症状は、デスクトップとラップトップの両方の Mac でおきる。)


で、ですね、ぼくがよく見るページの中で、特に、この症状が重いのが一つあります。

ま、あんまり大したことのないいわゆる雑文ページなんですが、それなりに趣味も合うし、ただ気がぬけているようでいてちょっとした言葉の端々に鋭いものが潜んでいるようなところもあり、ま、憎めないやつというか、っていうか、まあ、その、引き延ばしすぎなのは重々承知でございまして、もちろん、それは、かの有名な

Hal Tasaki's logW
なのですよ。

あら、あら。

まず、このページの現在のファイルを本名で指定して

http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/d/0309.html
とやれば、ばっちり見えます。

ところが、ホームページからのリンクでやっているように、

http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/d/index.html
とやると、真っ白けなんです。 今までのところ、何度やっても確実に真っ白けです。 今、プレビューしてやってみても、真っ白け〜。

この index.html ってのは 0309.html へのシンボリックリンクなので(←さも UNIX を知っているっぽい書き方)、こんなことがおきるのは不思議。

しかも、でっせ、だんなさん、聞いておくんなはれや、index.html はデフォルトだから省略していいという流儀を使って

http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/d/
とやると、(同じことのはずなのに)今度は半々くらいの確率で、見えたり、真っ白だったり。 心のやましさとかその日の行ないを判定するのに便利です。 あ、今、プレビューしてやってみたら、ちゃんと見えた。 今日のぼくは正しい行ないをしたんだなあ。 (でも、見えないのは不便。)

さらに不思議なことに(って、読者は飽きてるって)、検索アンテナとかのリンクのしかたみたいに

http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/d/?ahonapage
と ? ではじまる文字列を入れると、確実にちゃんと見えるのです!

こういうのって、知識のないおいらにはきわめて不可思議にみえるのですが、中身がわかる人には簡単にわかる症状なのだろうか?

あと、なんと言っても気になるのは、同じ不具合に悩まされていて、ぼくのホームページからのリンクがたどれずに、最新の logW が読めない方がいらっしゃるかもしれないということ。 いくら駄文の集まりとはいえ、せっかく情報を発信しているのに、読者に届かないというのは寂しいことです。 何とか対策を施すべきでしょうね。

リンクがたどれずに、これが読めていないという方、いらっしゃいましたら、是非ご連絡くださ〜い。 (ええかげんにせいっ。 しつれいしました〜。)


9/9/2003(火)

昨日書いた「ページがうまく読み込めないよ〜ん問題(←も少し気の利いた名前をつけろよ)」ですが、Netscape(というか Mozila)を使っている人で似たような経験をされている方はちらほらいらっしゃるようです。 ただ、ぼくはみなさんよりちょっと重症らしく、やはり、日頃の心がけが悪いのかなあとか思ってしまう。

というわけで、今日は身も心も引き締めようと決意。 そのせいか、えいやとやってみると例の問題は発生しませんでした。 めでたし、めでたし。 これからも清い心をもって生きていきたい、と思っていたら、W さんの日記によると(ありがとうございます)

ようするにプロキシのキャッシュの問題
だそうである。 あ、なるほろ、ようするにそういうことですね、ふむふむ。ほぼ理解しました。職業柄でしょうが、些末で細かく技術的な事を敢えていうと、プロシキとキャッシュという言葉の意味がちとわらかんや。ま、いいけど。

しかし、何ですね、ページがでないのは自分の行ないが悪いせいだという迷信を信じて気を引き締めようとしていたのに、こうやって科学的な冷酷な視点が客観的に原因を暴いてしまうと、もはや心がけなんてどうでもいいのだという気になって、人の心はすさんでいってしまうものですよねえ。もちろん冗談ですけどね。


大学の教養の頃の友人 Y が研究室を訪問。

いやあ、懐かしい。 ほとんど教養の頃以来だから、何年だろう。 確かに完璧に Y 本人なんだけど、でも、きっちりおじさんになっている。 あの、漫画とかで、急に何年も時間がたってキャラクターが歳をとっているのみたいで、なんか面白い。

当時の知り合い何人かのその後の人生を実に大まかに要約して伝え合う。 これだけ時がたてば、色々なことがあります。

見た目もともかく、雰囲気があの頃から変わらないと言ってもらえたのは、最高のほめ言葉です。


9/11/2003(木)

来週は早々から会議があり、それから講義がはじまる。

講義がないあいだに、なんとかまとまった結果を出したかったのだが、なかなか厳しい。 まあ、見通しは確実によくなったし(ASEP や f → ∞ モデルなど、特殊な例では、定常状態間遷移についての最大仕事の原理が厳密に成り立つ。仕事はあくまで普通の意味の力学的仕事であり、自由エネルギーは SST バージョンになる。同じことは、一般の定常状態の確率過程モデルについて言えるべきである)、今日は展開の方針がほぼ確定したのでかなり気が楽になったけれど。


夜、8時頃家に向かっていると、西の空の雲が数秒おきに不気味に明るく光っているのに気づく。

屋上に上がって息子と様子を見る。 豊島園あたりの花火かと思ったが、帯電した雲の中で起きている放電であることがわかった(というか、妻にそう指摘された)。 ずっと見ていると、単に光るだけではなく、雲の中を縦横斜めに稲光の美しいパターンが走るのを何度も見ることができた。

雲の中の放電を見るのは初めてではないが、ここまで派手で大規模なのは見たことがなかった。 音がまったくしないのも面白い。


二周年(9/12/2001)ということで、新しい文章はないけれど、フッドボーイ氏の文章へのリンクを復活しておこう。
9/12/2003(金)

ようやく夏が来たような日。

調子が悪くても我慢して使っていたアップル社製プリンターがついにお亡くなりになったので、Raphael に手伝ってもらって廃棄処分とし(長年、ありがとう)、新しい非アップル社製プリンターを運び込む。 (もうアップル社はプリンターを出していない。すべてをアップルマーク付きの製品でかためることは不可能になったのである。)

さらに、Raphael といろいろと議論。 問題の難しさが次第にはっきりとしてくる。


暑くてばてたのか、夜になっても蒸し暑い中を、やたら疲れて足をひきずるように家に帰りながら f → ∞ モデルの詳細つり合いについて頭の中で議論を作っていると、かっこいい家が並ぶあたりで道を曲がったところで、最近の懸案のところが全てうまくいく設定に気がついた。 同じ強さの外力のかかっている系をいっぱい用意して、数珠つなぎ的に「無限に弱くゆっくりした」接続でつないでやり、個々の系のなかでは一定になるようにポテンシャル変化をつける。 前々から二、三回異なった局面で提案しては自ら没にしている「非破壊接触」の最後の復活だ。(今度は、没にしたくないなあ。) この設定でなら、操作的 SST 自由エネルギーと第二法則に登場する自由エネルギーの等価性をすっきりと示すことができる。 ほぼ任意の確率モデルについて。

熱力学的には、この設定はまったく自然。 ただし、残念ながら、これでやると、今までのポテンシャル変化法で求めたものとは微妙に異なる熱力学関数がでてくると思われる。 これは、けっきょくのところ、格子上の確率モデルの限界なのだと思う。 接続の方法を含めて一つのモデルが定義されていると考えるのが正しいのだろう。 もちろん、もっと「まともな」モデルでは、こんな接続法への依存性はないと思う。

というわけで(実は何一つ書いて計算してはいないのですが)、あるクラスの確率モデルについては、

  1. Sasa-Tasaki の現象論的考察
  2. 1 と整合するHyashi-Sasa のポテンシャル変化法による操作的熱力学関数(Maxwell 関係式を満たす)
  3. 2 の熱力学関数を使った最大仕事の原理の形での第二法則
の三つが整合した SST(定常状態熱力学)が存在します。

「平衡と同様にできるところだけを、びくびくと進んでいるだろう」という批判は正しいし甘受します。 しかし、そうやって堅実に進む以外の道をぼくは知らない。

Sasa-Tasaki にさりげなく登場した「平衡系と非平衡定常系をつなぐ『素焼きの壁』」は未だに大いなる謎。 非平衡度の異なる系の接続は、全く未解決の領域です。


9/13/2003(土)

急な所用で、妻と電車に乗ってでかける。 体が暑さに慣れていないところに異常な暑さで、きわめて疲れる。

電車のなかでぐったりしながら、昨日の設定について考える。

自分のやっていることが何だったのか、かなり明確にわかってきた。 接続のさせ方にもよるが、これをやると、前に作った「非破壊測定」と同じ化学ポテンシャルが得られることもわかった。 で、この化学ポテンシャルは、粒子数のゆらぎも記述する。 要するに、こうすればすべてが平衡と同じということだ。

  うれしくもあり 悲しくもあり

(解題:著者は、熱力学関数が明確に定義できることがはっきりとわかり喜んでいるが、その反面で、非平衡系ならではの物理が強く全面に出てきていないことを悲しく思っているのである。)

ところで、昨日、ちょっとかっこをつけて

そうやって堅実に進む以外の道をぼくは知らない。
と書いたが、これは嘘だね。 地道に構成的に攻めていくことを思うと、この路線しか知らないというのが正しい。 公開したものの未出版の Sasa-Tasaki にある FIO の予言は、明らかに地道な論理的な詰めをすべてすっ飛ばしてずっと先にあるべき SST の姿を先取りした形になっている。 そして、ぼくにとっては、その(自分からの)非論理的なメッセージが、その後の考察のつよい動機付けになっているのだった。
ううむ、昨日も今日も「雑感」が仕事話でくそ真面目で面白くないですが、夜に疲れてビールを飲みながら書いているからだと思われます。
9/22/2003(月)

なんとなく元気のでない週末で(といっても、ぼく自身に困ったことがあるわけじゃない。どういう加減か、ちょっと気になったり力が抜けたりがっかりしたり心配だったりすることが重なって気疲れしたという感じ)、めずらしく休日っぽいこと --- 下手なピアノを叩いたり、まとまった時間本を読んだり --- を結構してしまった。

というわけで、ついに、プルーストを読み終わりました。 いつ読み始めたかは既に忘却の彼方の失われたアレですけど、せめて読み終えた日はここに記しておこう。

さあて、次は何を読もうかな --- と思いつつも、つい、プルーストの最初の方の巻を再び手にしてしまううう。


前に書いた確率過程の定常状態の熱力学関数の話は、安泰です。 猛烈に面白いわけではないけど。 具体例の計算ができるかを Raphael と検討中。

それより前に書いていた「流れと垂直な方向のポテンシャル変化への定常分布の応答がカノニカル的になる性質」については、やはりこれは定常系の本質の一つだとの立場から、短い名前をつけたいと思うようになった。 いろいろ考えたが、たとえば、

weak canonicality
というのは、どうじゃろ? 数学とかでもよくあるように、何らかの性質が制限付きで成り立つことを意味すると。

しかし、日本語で

弱カノニカル性
というと、なんか、弱アルカリ性みたいだし、かといって、
弱いカノニカル性
というと、なんか、「へええい、かかってきやがれ、俺はカノニカルさっ! さ、来いよ! あっ、わっ、いてててっ、ほんとに来るなよおお、いてっ、いてっ、ごめんよおお、ひい、ゆるしてくれえ」って感じかもな・・・

前の月へ  / 次の月へ


言うまでもないことかもしれませんが、私の書いたページの内容に興味を持って下さった方がご自分のページから私のページのいずれかへリンクして下さる際には、特に私にお断りいただく必要はありません。
田崎晴明
学習院大学理学部物理学教室
田崎晴明ホームページ

hal.tasaki@gakushuin.ac.jp