茶色の文字で書いてある部分は、相当に細かい仕事の話なので、ふつうの読者の方は読み飛ばしてください。
さて、7 月だぞと思うと、もうすでに 24 日。 ヘタをすれば今月は日記を書かないでおわってしまうところであった。
近況はというと、まあ(以下の箇条書きは某アニメ(6/25)のネタバレを含みます)、
思えば、今学期の講義が始まった頃は、まだ震災+原子力発電所事故勃発のショックで精神的にもふわふわした状態だった(今でも落ち着いているとは言えないと思うけど)。 こんな時だからこそ、基礎的な物理や数学といった(すぐには)役に立たないことを堅実にじっくりと教えることで、損なわれてしまった何かを立て直していきたい --- みたいな一種不可解な気負いがあったのを覚えている。
そういう空気の中で駒場で教えた講義のテーマは「物理学における時間について」だった。 「現代物理学」はプランなしで進めるのが売りなのだが、今年は例年以上に全体のプランが未完成のまま講義を始め、漠然とした計画だけをもって話を進めるにつれ話の中身そのものに引っ張られるようにして話題がふくらみ、けっきょくは、
終わってからふり返ってみると、イントロで「ゼノンのパラドックス」を議論しておいて、量子論のところで「量子ゼノン効果」をきちんと(もちろん、一年生にも分かるようにすべての予備知識も含めて)解説できたのは自分でも気に入っている。 最終回には、不可逆性の例として「量子エーレンフェストの壺」というのもやって、不可逆性の問題を考える際の量子論の意義にもちょびっとだけ触れることもできた。 実は「量子エーレンフェストの壺」とのつながりをよくすることを思えば、その前に、古典版の「元祖エーレンフェストの壺」を定義するときに少し普通とは違う定義を採用すればよかったのだなあ。 しかし、「量子エーレンフェストの壺」を思いついたのは最終講義の前の晩だったわけで、古典版の定義はどうしようもなかった --- というのもまた不可逆性の例であることよのお。
物理をすごくよく知っている人には物足りない講義だったかもしれないが、多くのみなさん(少なからぬ「もぐり」の皆さんを含む)に熱心に聞いていただき、最後もとてもいい雰囲気で終えることができた。みなさん、どうもありがとうございました。また、どこかで。
関係者の方、これをご覧になっていらっしゃったら「ファンクラブ T シャツを着て東大でガチの物理(←ここが大事だよね。オタク論とかじゃなくてさ)の講義をしたおっさんがいるよ」って、メンバーのみなさんに是非ともお伝えくださいますようよろしくお願い申し上げる次第でございます。
そう。不老不死を研究していて、荒木飛呂彦に超一流学術誌の表紙を描かせてしまった、あの瀬藤さんだ(2010/7/29 の日記などを参照)。
本当は、細胞の老化やガン化のこと、関連する放射線の生体影響などについても瀬藤さんに教わりたかったのだが、(講義で興奮していたせいもあってか)ぼくの分かっている物理の話だとか、ぼくの祖父の話だとか、自分のほうの話ばかりしているうちに短い昼食の時間が終わってしまった。 ちょと残念。
実は、N 君のことはかれが学部生の頃から知っている。 もちろん日記に出てくる「N 君」は一人ではないわけだが、3 年以上前の 2008/5/4 の日記に出てくる N 君が、この佐々研の N 君である(たしか、BEC について議論した後、いっしょにラーメンを食べに行った気がするのだが日記には書いてないなあ。 N 君、たしか、そうだったよね?)。
N 君と佐々さんが一年以上前から研究している、ちょっと不思議で面白い非平衡系の変分原理がある。 最初は一体の Langevin 系から出発して、少しずつモデルの範囲が拡張されていっている。 ぼくは、最初に聞いて、興味を持って、少し自分で考えたあと、「これは面白いがモデルの特殊性を利用した結果に違いない。たとえば、一般の離散状態マルコフ過程ではできないはずだ」というコメントをくり返してきた。
しかし、今日、N 君が話してくれたのは、まさに「一般の離散状態マルコフ過程」におけるかれらの変分原理だった。 最終的な表式も簡潔で物理的な意味がありそうな思わせぶりな姿をしている。 一年以上前のぼくの勘はまったく外れていたわけだ! ぼくのリアクションについては、N 君と佐々さん宛てのメールから引用するのがいいだろう。
ぼくは「jump process ではできない」と言い続けていました。 完璧な誤りでしたが、できあがった物をみると、とんでもない技巧が必要なので(あるいは、必要なように今は見えるので)これなら分からなくても仕方がなかったと勝手に思っています。さらに言えば、かつて質問に来ていっしょにラーメンを食べた学生さんから、びっくりするような刺激的な話を聞くのは、本当にうれしいことだ。
できないと思っていた物ができるのを見るのは本当に刺激的です。やった人を素直に尊敬します。
検討してみると、N 君の結果は、ペロン・フロベニウスの定理の成立条件を満たす任意の行列の最大固有値を変分原理で表現できるという一般的な命題だということがわかる。 確率過程と一般のペロン・フロベニウス行列が入れ替わり現れる、なかなか面白いロジックになっている。 こういう舞台での不等式の証明はぼくの得意分野のはずなので、やればすぐにできると思って取り組んだ。 しかし、これが、なかなか進まない。 常套手段を組み合わせたり、よく似た変分原理の導出を真似したりするけれど、できない。
けっきょく、「先生」に忠実になることにして、N 君が黒板で書いてくれた導出を一般的な文脈でやり直す。
うううむ。これは、うまくできている。 物理的な意味はまったくわからないが、数学としては、まったく自明でない技巧を使っている(ように今は見える)。
自分では何一つ付け加えられず、ただ感心しながらベッドに入る。 例によって、頭の中で証明のステップを反芻していくと、変分の二次についてきれいな不等式が作れることがわかった。 すごくささやかで技術的だけど、自分でもちょびっとだけ付け加えられたのは素直にうれしい。お休みなさい。
もちろん、こんな数学的なまとめは全く物理的ポイントを外している可能性も高い。 でも、考えるきっかけにはなるかもしれない。
楽しい。