中華人民共和国は建国以来、実に複雑な外交を展開してきた。

  当初「社会主義国家」として密接な対ソ同盟に外交的基礎を置き、次に「戦闘的な第三世界主義」を積極的に支援し、更に超大国に対抗して「大国」としての役回りを演じようとした。そして、1979年以降、それまでのすべてをあわせ持つかのように中ソ関係の正常化、革命的第三世界での地位の再構築、西側との緊張緩和と、より複雑で時に矛盾した外交を展開してきた。その中国が今や国際社会に影響力を発揮しはじめている。

  構築途上にある新世界秩序の中で今後中国がどんな位置を占めるのか。これこそはわが国の外交にとって最重要問題に違いない。

  本書『中国現代史』はこの問題に多くの示唆を提供してくれる。本書は直接、外交・安全保障を論じたものでも、わが国の安全保障の観点から見た中国の位置を述べたものでもない。

  著者の姿勢も、中華人民共和国の歴史を国内事情と周辺諸国との関係の中で見直そうとする歴史研究者のそれであって、情勢分析家や政策立案者のそれではない。にもかかわらず国際政治分析の観点からこの書を推薦する理由は、複雑かつ流動的な今日ほど、国際政治の主要主体を歴史的文脈の中から再検討することが重要なときはないと認識するからだ。

  20世紀最高のジャーナリストと称されるウォルター・リップマンは『世論』の中で「我々は大抵の場合、見てから定義しないで定義してから見る。外界の、大きくて、盛んで、騒がしい混沌状態の中から既に我々の文化が我々のために定義しているものを拾い上げる」と指摘している。

  人間は全ての事実を知りえず、概念化という情報の取捨選択で物事を把握するが、概念化は既得のステレオタイプに基づいて行われる場合が多い。だが現実世界はさほど単純ではない。複雑・流動的な今日、既得のステレオタイプが判断を誤らせる可能性は小さくない。既得のステレオタイプを一度疑う必要があるのだ。

  本書は中国現代史の中の連続と非連続を明らかにし、今生きる長い民族の歴史の息づかい、国内の内圧、国際社会の圧力を見極め、それらの相互作用としての中国を描くことで新たな中国像と中国の将来への展望を伺わせる。中国外交の展開を視野に入れつつ本書を読むとき、それまでの個々の外交政策が、あたかも大きな流れに結びついていくかのように把握できる。この書は、対中対策について具体的な提案をしている訳ではないが、必要な全てを示唆しているように思われる。
畠山先生による書評
畠山先生の推薦書