研究内容

1. 10兆分の1秒(100フェムト秒)からの化学反応や分子運動を追いかける

 私たちの実験では、光による電子の移動、光による分子の異性化反応、分解反応などの光学反応や、光を吸収した回転などの分子運動を観測します。これらの反応・運動の速度は、多くの場合、数字にして10兆分の1秒(0.0000000000001秒、長いので100フェムト秒とよびます)から100億分の1秒(0.0000000001秒、これも長いので100ピコ秒とよびます)ほどかかります。ここで、フェムト秒は1000兆分の1秒、ピコ秒は1兆分の1秒をあらわします。

 10兆分の1秒(100フェムト秒)とは、どれだけ速いのでしょうか。光の進む距離を使って考えてみましょう。光は1秒間に30万キロメートルもの距離を進むことができます。地球から月までの距離が約38万キロメートルですから、光は1.3秒くらいで地球から月まで行くことができます。しかし、100フェムト秒では、光は(30万キロメートル/秒)×(10兆分の1秒)=(0.00003メートル)=30ミクロンしか進むことができません。30ミクロンというのは、おおよそスギ花粉の大きさくらいだそうで、目で見えるか見えないかの大きさです。1秒で地球から月まで行ける光がスギ花粉をやっと通りぬけられるほどの短い時間があれば、分子は化学反応を起こすことができるのです。

 これだけ速い現象を観測するには、まず分子に100フェムト秒よりも短い時間だけ光をあてて、分子に化学反応を起こさせます。次に、反応分子の数の減少や、新しくできた分子の数の増加を、100フェムト秒よりも短い2つめの光パルスをあてて調べます。2つめの光パルスは、反応中のいろいろな分子によって吸収されたり、散乱されたりします。この吸収や散乱のようすを見て、わたしたちは化学反応がどのように起きているのかを分析します。(例えると、100メートル走をする選手の動きを調べるために、まずピストルを鳴らして選手にスタートしてもらい、走るようすをストロボ写真にとる、といったところでしょうか。)

では、わたしたちの使っている実験装置を紹介します。
1a)フェムト秒時間分解近赤外分光計(近赤外〜紫外)
1b)ピコ秒時間分解けい光分光計
1c)ピコ秒時間分解けい光顕微鏡
1d)ピコ秒時間分解ラマン分光計
1e)低振動数ラマン顕微鏡
1f)フェムト秒時間分解マルチプレックス近赤外誘導ラマン分光計 New!


2. 分子の化学反応のようすから、分子がおかれた複雑な環境について知る

 ふつうの化学反応は、液体(溶液)の中で起こります。では、膜や細胞の中で化学反応をさせるとどうなるでしょうか。分子の集まり方が違うと、その中にいる分子の運動のようすが変わります。その結果、化学反応の進み方そのものが変わるかもしれません。分子の化学反応の進み方は、分子のおかれた環境と密接に関係しているのです。

 わたしたちはこれまでに、代表的な分子の化学反応をいろいろな溶媒の中で起こし、そのようすを観測して理解してきました。ですから、化学反応のようすを見るだけで、その分子がどのような環境におかれているのか、が推定できます。わたしたちは、よく知っている分子の化学反応を通して、膜や細胞など、分子の集まりがつくる複雑な環境がもっている、化学的・物理的な特徴を調べています。

 分子に光をあてると、光は吸収されたのち違う色(波長)の光として放出されることがあります。(けい光とよびます)。また、少し難しいですが、光が分子にあたって散乱されるとき、分子によって一部が違う色になってしまいます(ラマン散乱とよびます)。わたしたちは、分子に光をあてて出てくる、ほんのかすかなけい光やラマン散乱光の時間変化を観測・分析して、化学反応の理解に取り組んでいます。

2a)化学反応を通して見る生体膜の構造・物性


3. 分子の中や、分子の間を大きく動く「電子」のようすを調べる

 化学反応が起こると、分子の中、あるいは分子と分子の間で、化学結合ができたり壊れたりします。まさに化学結合がつくりかえられるとき、その結合にかかわる電子は分子から分子へと、あるいは分子の中を、大きく動いていかなければなりません。このような、大きく動くことのできる電子のようすを調べることで、わたしたちは化学反応のしくみを理解しようとしています。

 分子は、種類によって決まった波長(色)の光を吸収し、放出します。とくに、分子の中や、分子の間を大きく動くことのできる電子ができると、分子は波長の長い光、つまり赤外線を吸収することができるようになります。また、電子が大きく動いた結果として、はじめの分子とはまったく違う発光がみられることがあります。

 わたしたちは、赤外線(とくに近赤外線:リモコンや光通信に使われる)の吸収をうまく利用して、大きく動くことのできる電子のようすを観測しています。また、世界でも最高性能のカメラを使って発光のようすを観察することができます。

3a)新規発光材料の光励起によるエネルギー移動過程とその機構
3b)分子の光イオン化で生じた電子の緩和過程
3c)二酸化チタンの光励起で生じた電子の動力学
3d)カーボンナノチューブの励起状態動力学